【うたた寝】



 二人の約束の時間はいつも夜中。
 今回の任務は比較的簡単で、すぐに帰って来る事が出来た。けれど、クラウドに逢うのはこれで二週間振りになる。任務に次ぐ任務で、拘束されっぱなしだ。
「お、カンセルお先にー」
「いつもの彼女か。せいぜい楽しんでこいよ」
 ……彼女じゃないんだけど。
 最も愛しい、彼。
 逢いたい。
 俺に翼があったら、飛んでいけるのに。
 
(翼は)
 
 嫌なことを思い出す。友と、舞い散る羽と、そして。
 誇りと。
 
(アイツなら、怒ったかもな)

 任務より、誰よりも大事な者がいて。心から、愛し愛される人がいて。
 何よりも護りたい人間がいること。
 ……かの友人は、それを祝福してくれただろうか
 エレベーターに乗り込み、その場で足踏みをして階下へ降りるのを急かす。もちろん乗ってるスピードは変わらないのだけれども、心を急がせる、存在。
 
(俺には、アイツだけだ)
 
 その為になら、たとえ死地へ向かおうと帰ってくる。何度でも、何度でも。
 ここに。
 
 
 
 
 兵舎は昼間の喧騒をそのまま持ち込んだように騒がしかった。クラウドは食事を終えて部屋に戻ろうとした。
 鍵は閉まっている。少なくとも『彼』が帰ってきた訳じゃない事がわかる。がっくりと肩を落として、カードキーをかざした。
 室内はまっくらだ。明かりをつける者はいない。
 ……メールでは、今日帰ってくる予定だと書いていた。それを頭から信じたわけじゃない。
 だけど。
「……逢いたい」
 独りでいる事は慣れたけれど。
 好きで独りになりたいんじゃない。
 
(もしかしたら、女の人のところかもしれない)
 
 今までも決して拭えなかった疑念が今、心を支配する。
 クラウドは胸元を抑えその場に膝を付く。
 弱い心が顔を出す。 
 
(消えてくれ、こんな……)
 
 こんな、醜い心。弱い自分。
 アイツといると隠れ潜んでいる、もう一人の自分。
 知ってるか? 知らないだろうか?
 ザックスが傍にいると、自分も強い人間だって、錯覚するんだ。本当の自分は殻に閉じこもって、外側から叩いても丸くなって逃げている。
 
(だけど、ザックス)
 
 陽だまりは春の色。白黒のフィールドは極彩色。
 ザックスが教えてくれる、外の世界。
 君と歩きたいと願う。
 胸を張って、君の隣に。
「……来る前にシャワー浴びなきゃ」
 立ち上がり、クラウドが汗に湿った前髪を掻き上げた。急いで脱衣所に着替えを放り投げ、シャツを捲り上げる。今日の訓練は一際厳しかった。戦争が終わってから、各地でゲリラ戦が活発している。たるんでると叱責されるのも仕方ない。痣が残る右腕を撫でて、クラウドは熱いお湯を浴びる。
 いつもより時間をかけて、丁寧に身体を洗う。汗臭いのも嫌だし、それに……クラウドは想像して一人、赤くなる。
 
(俺だけ……かな)
 
 逢えるというだけで、こんなに心がはしゃぐのは。
 顔についた水滴を、頭を振って払う。蛇口を止めてシャワー室を出ると、すぐに着替える。
 部屋は変わらずに一条の光もない。
 光を灯すのは、いつも彼の役目だ。
 
(光)
 
 クラウドはリビングのソファに深々と横になった。シャワーを浴びると途端に疲れが押し寄せてくる。乾かしていない髪。先から、滴が落ちる。
 光が、ないんだ。この部屋には。
 誰か運んで来てくれないか。
 出来れば、おまえが。
 運んで。
 
 
 
 
「こんばんはー」
 控えめに、だけどきっぱりと意思表示してクラウドの部屋の中を覗き込んだ。いつ来ても暗い。明かりをつけない主義だといっても、本当は待ち望んでいることを知っている。
 俺が来た時の、目印。
 ザックスは電灯を点ける。遠くで水滴が落ちる音がする。シャワーを浴びたのだろうか。……それだけでいやらしい想像をしてしまうのは、男のサガか。
「クラウド?」
 寒々と底冷えした廊下を通ってリビングに向かう。聴こえてくるのは静かな吐息。規則正しく。
 待ちくたびれたクラウドは、疲労の甲斐あってソファの上で夢の中だ。
 ザックスはその幸せそうな寝顔に目を奪われ、ふと我に返った。
「こんなトコで寝たら風邪引くぞ、クラウド。クラウドってば!」
 肩を揺さぶって耳元で叫んでみるが、起きる気配はない。
 長い睫。女顔の所為なのか歳の所為か、眠るとどこか幼く見える。白い肌がほんの少し上気している。髪が濡れていた。触れるの躊躇って、ザックスは邪念を払うようにかぶりを振る。
「……仕方ないか」
 ザックスはクラウドのベッドから毛布を持ってくる。そっと掛けてやって、自分はその向かい側に座る。
 寝つきが早く、寝起きの悪いザックスが、クラウドの寝顔を見る機会なんてそうない。
 ガラステーブルに肘をついて、じっと見つめる。手を伸ばし、触れるか触れないかぎりぎりのところを掠める。

(きれい……だな)

 これが、俺の護りたい人。
 今日も幸せに眠れるように、ずっと。
 一緒に生きたい人。
 かつての友に見せたい。俺の宝物。
 彼から与えられる愛と、彼に捧げたい愛。
 唇から零れ落ちる。
 
(あ)
 
「……ザックス」
 寝言。思わず耳まで赤くなり、テーブルを叩きたい衝動に駆られ、何とか留める。
 どんな夢を見ているのだろうか。

(いいよな、アンジール)
 
 夢を抱け。
 その夢ごと守り抜くのが、ソルジャーの誇り……そうじゃないか?
 
 
 
 
 いつの間に寝てしまっただろう。目を覚ますと、自身には毛布がきっちりかかっていて、その傍らでは、これまたいつの間に来たのかテーブルにつっ伏してザックスが寝こけている。
 間抜けな顔。すると、この毛布は、ザックスの仕業だろうか。
 部屋には煌々と明かりが点いて、暗闇の気配もない。
「……ザックス」
 軽くいびきを立てて爆睡する彼を起こすのが忍びなくて、そのまま毛布を掛けてやる。
 すると思いついたように、その隣に並び、一緒に毛布を被る。
 ……眠るなら共に。
 目覚める時も、また。
 君が光をくれたように、空にもまた太陽が輝くから。
 眠ろう。
 朝日が昇る、その瞬間まで。
 遠い夢。だけど、今はこんなにも近い。クラウドはザックスに寄り添うようにして、目を閉じた。暖かい。……暖かい、とまだ感じられるなら、暗闇で迷うことはない。
 次第に意識が薄れていく。まどろみの中、誰かが肩を抱くように引き寄せたが、気にしない。
 二人は眠る。夢を抱いて、解き放つために。
 そっと、深く。




   END
UP:2007-11-03