【Touch】
──触って、感じて、確かめて。
風呂上り。クラウドはタオルを首にひっかけて、茹だった頬でリビングに戻る。足元に投げ出されたザックスの腕を踏みかけて、たたら踏む。
「ザックス、上がったよ」
「おう。じゃ、俺も入るかな」
床に寝っ転がったまま、ザックスが応える。行儀が悪いのではなく、おそらくはもう眠いのだろう。クラウドはバスルームに消えるザックスを見送って、溜息を漏らす。日夜ハードな任務をこなす彼が疲れていないはずはない。今日は大人しく寝よう。少し残念そうに、力なくクラウドは目の前のテーブルに突っ伏した。
こうして一つ屋根の下にいられるだけでも充分幸せなのだから。贅沢は出来ない。
……だけど。こつ、とテーブルの表面に爪を立てる。
少しでも触れ合いたいと想うのは、いけない事なのか?
手を伸ばすと絡めてくる指。思い出して、上気した頬を更に赤く染める。求めるように抱き合う刹那、繰り返し訪れては消える波の如く。
残るザックスの体温。
「……何考えてんだろ、俺……」
念入りに身体を洗ったのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。期待……なんてしていない。むしろ、しない方が有難いくらいだ。腰はだるいし関節のあちこちが変に痛むし、酷い時は筋肉痛だ。
クラウドは目を閉じて、まどろみに浸る。
「……クラウド? 寝ちゃった?」
どれほどの時が通り過ぎたのか。うつ伏せた頭を優しく撫でて、ザックスが微笑む。ほんの一瞬、夢に堕ちていたようだ。
「髪乾かさないと、風邪引くぞ」
「ごめん、うとうとしちゃったみたいだ」
重たい目蓋を擦り上げる。
「シャワー浴びると自動的に眠くなるよな。……今日は、ちゃんと早く寝ようか」
「うん……」
洗面所で髪を乾かして、しわくちゃのタオルを洗濯機に放り込む。ザックスからそう云われては、こちらとしても大人しく寝るしかない。
少し残念な気持ちで居間に戻る。メールのチェックをしているザックスを見て、拳を握る。
「一緒に、寝ないのか?」
「……なに? したいの?」
「ちがっ……!」
「じゃ、なんだよ。俺に寸止めプレイをしろということなのか」
「馬鹿! もういい、寝ろ!」
寸止めなのはクラウドも同じなのに。
「いいよ、一緒に寝たいんだろ?」
「もういい、ザックスはあっちの部屋で寝ろよ!」
「えー、俺クラウドと一緒じゃないと寝られなーい」
からかうように抱きついて、ザックスは笑う。絶対見透かされてる。もっと、傍にいたいこと──クラウドはむくれた面でそっぽを向いた。
「大人しく寝るんだからな!」
「わかってるよ。何もしない」
わざとらしく指切りまでして。絡めた小指が熱い。湯上りのせいか、それとも。クラウドは誤魔化すように擦り寄ってくるザックスの頬をつねる。
灯りを消して、なんとなく背中合わせに二人でベッドに入る。冷えた布団がなかなか肌に馴染まない。落ち着かない様子で寝返りを打つと、いつの間にかザックスがこちらを向いていた。
「……なに」
「クラウドこそ」
「別に……。あんまりくっつくなよ」
「……なんかさぁ」
手を伸ばして、クラウドの前髪に触れる。クラウドは思わず身構えて、ぎゅっと目をつむる。
「クラウド、いい匂い」
「何云ってるんだよ」
「同じシャンプーなのにな。洗い方、工夫してる?」
「してない」
微かに鼻先を掠めるザックスの指先。ただ、それだけの事に動揺する。
「……クラウド」
「な、に」
「意識しすぎ」
一笑する。
「か、からかったな……!」
「うそ、本当にいい匂い。なんでだろうな?」
くすくす笑いながら、クラウドの肩を掴んで自身に引き寄せる。クラウドの頭に鼻を埋めるように、ザックスが密着してくる。洗い立てのシャンプーの香り。……ただ、汗の匂いが気になって、いつもより念入りに洗っただけだ。別に深い意味はない。
「匂いを嗅ぐなよ!」
「いーじゃん、減るもんじゃないし。……もっとくっついて、いい?」
許可しなくてもくっついてくるくせに。クラウドは何も云わず、ザックスの胸元に額を擦りつける。タンクトップ一枚隔てただけのザックスの肌は元より暖かくて、眠りを誘う。包み込まれていると不思議と落ち着く。心臓の音。うるさいくらいに響いているのに、心地いい。
「……クラウド、その……」
「うん?」
「……あんまりひっついてると、変な気起こしそうなんですけど」
「っ……!」
バッと飛びのいて、赤面する。
「今日はしないって約束だろ!?」
「わかってる、わかってるよ。……でもさ、ちょっとだけ」
背を向けて敷布団を引き寄せると、背後からザックスが抱きついてくる。これではいつもと同じパターンだ。クラウドが振りほどこうと腕に力を込める。
「ちょっと、ザックス!」
「しないよ。ちょっと……触るだけ、な」
ちょっと甘くするとこうだ。抱きすくめられて身動きの取れないクラウドの胸元を、ザックスの掌が撫でていく。パジャマ越しの愛撫。焦らすように、心臓をなぞる。
しかし、一方で払い除けられないとわかっている自分もいる。ザックスには知られたくない、浅ましい欲望。
……触って欲しい、なんて。
「……なんで」
クラウドは、息を押し殺して呟く。
「そんなに、余裕なんだよ」
弄ばれる。翻弄される。自意識過剰だと、自覚はあるのに。
鼓動が止められない。
髪にかかる息が、熱い。ザックスが息を呑んだのがわかった。
「……余裕なんて、ないよ」
祈るように、それは聴こえた。ぎゅっときつく抱き締めて、ザックスが息を吐き出した。
「見ればわかるだろ。今だって爆発しそうだ。……必死で抑えてるんだよ、これでも」
「だって……匂いとか、恥ずかしいこと云うし……」
「意地悪してるんじゃないって。クラウドが可愛いから、つい」
耳元で囁くのは卑怯だ。心まで震わせる。……解ってる。ぎこちなく触れてくる手が、答えを示している。
きっと、傷付けたくなくて迷っている。
──欲しい、と。
「クラウドに嫌われたくないのに、酷くしちまいそうな自分が、さ……怖いよ、時々」
「……」
求める事に慣れていない自分がもどかしい。クラウドは唇を噛み締める。素直に「触れて欲しい」と、云えないでいる自身が情けない。
「……だってザックス、眠いんだろ?」
口をついたのは素っ気無い一言。
「クラウドこそ」
「俺は……別に」
「……じゃ、していいのか?」
わざとらしく耳の際に唇を這わせて。クラウドはぞくんと背筋が震うのを感じ取った。改めて訊かれると、どう答えていいかわからなくなる。
「……さ、触るだけ」
かろうじてそれだけ伝える。ザックスが微かに笑ったのを耳にかさる吐息で気付く。
「わかった。触るだけ、な」
「……本当だろうな」
「仕方ないからな。その代わり……」
ぐっ、とクラウドの腰を引き寄せて、ザックスは自身を押し付けるように力を入れる。
「俺のも、触って」
布越しに当たるソレがどんな状態なのか、見なくても解ってしまった。クラウドは抗議の声をあげようとして、寸前で留めた。余裕がないのだと、カラダで示される。
ザックスの手がゆっくりと下がっていき、鳩尾から脇腹へ撫でていく。
「っ……ん……」
そっと、だけど遠慮はしないで下腹部に指を這わせる。ザックスだけを責められない。……自分だって、とうに暴発しそうに下半身を張り詰めさせているのだから。気付いたのか、ザックスはふっと笑う。
「これでも、触るだけ?」
「……さわる、だけ……」
「ん、わかった。クラウドが嫌なら仕方ない」
そう云いつつ、容赦なく上着の中に手を滑り込ませる。片方の手はクラウドの胸板を、もう片方は下腹部を握り込んで徐々に刺激を繰り返す。
「クラウド……俺のも触ってよ」
「え……」
云われるままに手を後ろに回す。ザックスの一回り大きくなった雄を撫で、そっと掴む。
「信じられない……」
「だって、クラウドいい匂いなんだもん。欲情するなって云う方が無理だ」
「よっ……く、って」
さする手が下着の下に潜り込んでくる。耳たぶを嘗め回し、口に含んで甘噛みする。その度に背筋がぞくぞくと粟立つ。クラウドは声を抑えるのに必死だ。
「クラウドも……俺と同じように、して」
ザックスが強請る。羞恥に耳を染めながら、クラウドはザックスの下着に手を入れる。熱い。掌に収まらないソレがいつも自分を苛むモノなのだと、実感させられる。ザックスがクラウドを扱き上げる。クラウドもソレを下着から取り出すと、ぎこちなくも手を上下させた。硬く張り詰めた雄は、脈を打って反応する。あまり触れた事のないザックスの自身が、手の中で膨張していく様子が伺えた。
「すごい……あつい」
「クラウド、こっち向いて」
肩を掴まれて、思わずクラウドはザックスのモノを直視してしまった。引き込まれるように握り返し、ザックスの瞳を見返す。
「……擦るだけで、いいから」
上擦る声にクラウドは逆らえない。お互いの雄を手に取り、根元から扱き始める。初めはゆっくりと、次第に速度は増し息が荒くなる。ザックスが先端を嬲ると、クラウドも真似て親指を宛がう。
「くっ……ふ、ん……」
クラウドは気恥ずかしさに肩に顔を埋め、小さく息を漏らす。ザックスもまたクラウドに寄り添って、抑揚をつけてクラウドを虐める。まるで自分で自分を慰めているような錯覚。クラウドは眩暈がしそうに、ザックスを刺激し続けた。
触るだけで充分だった。響く卑猥な水音に神経が研ぎ澄まされていく。掌が先走りに汚されても気にしない。
ただ、相手を想って高め合う。
そこにあるのは快楽とそして、心臓の裏側から食い破りそうな「愛しい」という感情だけ。
目の前に見えるものはもう、互いだけ。
「ザックス……もうっ……は、う……」
「いいよ、俺も……っ」
ビクン、っと肩が跳ね、クラウドはザックスの手の中で果てる。ザックスもまた躊躇わず、抑える事の出来ない己の欲を吐き出した。ぬめった指先。クラウドは重く溜息を吐く。
「……クラウド」
その優しい声に顔を上げると、唇が重なった。幾度となく角度と深さを変えて、キスを与える。
「……ザックス、俺……」
今なら云えるかもしれない。だが口を開いた言葉ごと、ザックスの唇に掻っ攫われる。
……まぁ、いいか。心地よいキスと、吐精の名残と、襲ってくる眠気と、逃れることなく受け止める。汚れた掌をティッシュで拭き取りながら、クラウドは胸中で静かに微笑む。求めてくる彼の温もりに酔いしれながら。
ザックスの、髪を撫でる仕草が愛おしい。今はこれだけで、幸せに浸れるから。
「……おやすみ」
だから、今日は眠ろう。クラウドは無意識にザックスの頬に手を伸ばして、そのまま目を閉じた。触れ合う肌と肌から想いが伝わるように。祈りを込めて、目を閉じる。──見るのはきっと、君の夢。目が覚めた時、彼が隣にいる事を信じて。
眠ろう。
触れ合える事の奇跡を信じて。
END
UP:2007-11-10