【冷めたミルクティと、】
──夢の終わりは、いつもお前の後ろ姿。
手を伸ばして求めてみても、空を掴むだけ。
ふとした瞬間に眠りが途切れて、ベッドの中で目を覚ます。クラウドは重たい目蓋を二、三度しばたかせ、隣に空いた空間に手を翳す。
冷たい布団が示す意味。
「……」
とうに昇り切った陽の高さに目が眩む。ボサボサになっている前髪を掻き回して、起き上がる。
仕事の合間に立ち寄っただけだと、昨夜も云っていた。いつもの事だ。クラウドはベッドから立ち上がると、汚れたシーツを纏って浴室に向かう。シーツを洗濯機に放り込んで、自分はシャワーを浴びる。
熱いお湯に打たれる肌に残る、夜の名残り。少し痛みの残る痕。
思い出したくないのに。
「……ザックス」
撫でる。
──いつだって強引に抱いて、それきり連絡も寄越さない。
まるで都合のいい女のように。
そんな男に、この心は渡さない。誰にも覗かせたりしない。『友達』だと笑ってくれたお前を、決して信じたりしない。
リアルな夢のように、きっと消えてしまうから。
蛇口を捻ってシャワーを止める。滴る雫をタオルで押さえて、浴室を出る。台所で湯を沸かして、朝食の支度を始める。
テーブルの上を見ると、昨夜の飲みかけのミルクティが置いたままだった。
「……っ」
蘇る記憶に痛みを募らせる。
クラウドはそっとカップを持ち上げる。ちょうど昨日の夜、同じようにシャワーを浴びた後でひとつ口をつけた時を思い返す。
★★★★★
ノックは三回。クラウドは雫の残る前髪を掻き上げて、音の鳴る方へ顔を向けた。時間で云えば日付が変わろうかという深夜。こんな時間にこの部屋に来る人物なんて、一人しか思いつかない。
ミッションでしばらくは逢えないと、一週間ほど前にメールを交わしたのが最後だった。眉を顰めたまま立ち上がって、恐る恐る扉を開ける。
「……よっ! こんばんは、クラウド」
ザックスはぎこちない笑顔で片手を上げて見せた。クラウドは無言で扉を閉める。
「待て待て待て。それはないだろう、クラウド!」
「……何の用だよ」
「お前の顔見に来たに決まってるだろ! 開けてくれよ!」
思わず力任せに扉を開けて、喚くザックスを内側に引き擦り込む。こんな時間にそんな事を大声で叫ばれては迷惑だ。当の本人は悪びれもせず、無邪気な顔でクラウドを眺めやる。見返して、クラウドはコンロの上で冷めたポットをもう一度火にかける。
「仕事は?」
「一段落着いたところ。けど、明日からまた別のミッションが控えてる。売れっ子だから、俺」
「こんなところで油売ってていいのか?」
「ホテル戻ってもつまらないし。近くまで来たから、お前に逢いに来たんだ」
クラウドは唇を結ぶ。どうして、そんな恥ずかしい事を平気な顔で云えるんだ? ザックスは勝手知ったるという風に台所を抜けて、居間で腰を下ろす。
コーヒーのフィルターを取り出してから、豆が切れている事に気付いた。
「悪い、ザックス……コーヒーが無いんだ。紅茶でいいか?」
「お構いなく」
こちらを見ずにひらひらと手を振って、ザックスは答える。紅茶のポットとカップをお湯で温めて、改めて葉を入れる。お湯を注ぐと、特有の香りがじわっと広がる。
「砂糖とミルクはいる?」
「……お前はミルク入れるんだ? お子様だな」
「別にいいだろ」
カップを手渡して、ザックスの向かいに座る。少し冷めたミルクティと、ザックスと、流れる時間がなんだかくすぐったい。
交わす会話もなく。静かに時が行き過ぎる。
嫌いじゃない。
沈黙を破ったのはクラウドだった。
「それ飲んだら……帰れよ」
「なんだよ、冷たいな!」
「忙しいんだろう? 俺だって、明日は演習だし。暇じゃないんだ」
「忙しかったら逢いに来ちゃいけないのか?」
ホラ、また。
ザックスは湯上がりで冷えた手の甲に、自身の掌を重ねる。クラウドには跳ね除ける事が出来ない。
どうして、いとも容易くそんな事が出来るんだ?
気恥ずかしくて、ザックスから視線を逸らす。グローブ越しのザックスの手は、何の熱も感じない。
「……来たら、いけなかった?」
クラウドは言葉に詰まる。……解っている。見透かされている。否定出来ない自分がいる事に。
「なぁ、クラウド」
「……俺は」
すると不意に手を捕まれて、クラウドはザックスの目を間近で見る羽目になる。鼻先にザックスの吐息。思わず息を呑む。
「離せ……っ!」
引き寄せられた胸元にしっかと抱き止められて、身動きが取れなかった。口だけの抗議はあっさり流されて、クラウドは頬を真っ赤に染めながらザックスの肩口に顎を乗せる。
ずるい。
こんな風に抱き締められたら、何も云えなくなるのは道理なのに。
「……クラウド」
優しい声。
ほかほかと湯気を立てていたカップの中身がどんどん冷めていく。
身体はこんなに火照っているのに。
「……苦しいよ、ザックス」
ふと腕が緩んだ隙にクラウドはザックスを押しやって離した。顔を上げると、ザックスが不安そうな瞳で見つめてくる。逸らせない。
「……っ」
一瞬の不意をついてザックスが唇を奪う。逃げられない。
「……はぁっ」
何度も、何度も。息をするのも困難な程に口付ける。勢い余って床に倒れ込む。押し倒される形で唇を塞がれて、クラウドはザックスの肩を掴んで引き剥がそうとしたが無駄だった。
「やだっ……んっ……ふ、……っはぁ……」
びくともしない腕。酸素を求めて口を開けると、ザックスに舌を絡め取られる。生暖かい感触。嬲るような乱暴な動きに、クラウドは眩暈がしてくる。
「あふ……っ」
皮膚の弱い所を舌で撫でられて、力が抜けてしまう。抵抗する気を根こそぎ奪うような、激しいキスの応酬に言葉を無くす。
唾液が音を立てて混じり合い、互いの口の中を溢れさせる。飲む込むのも忘れ、ただされるがままに顔を上げる。
ザックスの左手がシャツの中に潜り込んでくる。思考の止まった頭で、ザックスを止められない。まさぐる手は脇腹から上に、小さな突起を目指す。
「ん……っ、ザックス……っ!」
足で蹴りをくれても堪えない。密着したザックスがどんな様子か瞬時に理解する。こんな場所で、こんな風に逆上せ上がる男ではないはずなのに。
「嫌だっ……、ハ、こんな……っ、ん……!」
口だけの拒絶では彼を止められない。しかし力で敵うはずもない。
「……本当に、嫌なのか?」
クラウドの肩に顔を埋めて、ザックスが小さく呟く。
「本当に……?」
クラウドはいたたまれなくなってザックスの背中をぎゅっと掴む。
怖い。
だけど、突き放す勇気もない。
「……嫌、じゃない……」
かろうじてそれだけ口にする。ザックスが顔を上げて覗き込んでくる。不安に満ちた表情。
乱れた衣服を手繰り寄せて、俯く。まともに顔を見れない。
シャツを握る手が震えているのが解った。その手を包むように、ザックスは手を重ねる。
「悪い……。怒った、よな」
違う。だけど、首を横に振る事も出来ない。
「ごめん、クラウド……」
謝ってなんか欲しくないのに。クラウドは無言でザックスに抱きついた。躊躇うように一拍置いて、ザックスが背中に手を置いた。宥めるように、優しく。
「ザックス……」
重なった心臓の鼓動。伝わってくる温もり。『想い』は嘘じゃないと教えてくれる。
「大丈夫、だから……」
自身に云い聞かせるように、つよく。ザックスは恐る恐るクラウドの頬を撫でる。
そして、そっと静かに口付ける。
触れるだけの、キス。先ほどまでの激情はそのままに、何度も何度も。
「んぅ……は、ん……っ、んん……」
鼻から抜ける甘い吐息に満足したのか、ザックスは再びシャツを捲り上げてきた。
「う……っ、ん……」
反らした胸に吸い付く。尖らせた舌の先で胸郭をなぞっていく。敏感になった先端を舐め尽くし、舌の上で転がす。
「……ん、んぅ……っ、ふ……」
散々指で弄ばれた所為かさっきより快感が強い。思わずザックスのシャツを掴んで引っ張る。
「悪い、クラウド……俺、余裕ない……」
だけど止まらないザックスはそのまま手をクラウドの下半身に置いた。乱暴な愛撫でもソコは反応している。
「やっ……、う……」
触らないで。もっと触って。相反する気持ちがクラウドを責め立てる。
ザックスは何も云わずに、下着ごと引き摺り下ろす。全て脱がしてしまうと、自分もズボンを下ろした。恥ずかしさに顔を背けると、ふっと鼻で笑った気がした。
背中から抱き締められて、クラウドはザックスの膝の上に乗る。
硬くそそり立つ雄は、誰の目にも興奮に満ちていると写るだろう。
「やだ、見るなよ……っ」
「なんで? 隠すなよ」
閉じようとする脚を無理矢理開かせて、ザックスが耳元で笑う。先走りが雫となって伝い落ちていく。
根元をぐっと掴んで、指を輪にして上から下へと擦り上げる。
「あっ、は……、あ、ダメ……っ!」
クラウドの腰を少しずらして、ザックスの自身が顔を出す。クラウドより一回り大きいソレは、まるで何か別の生き物のようだ。ザックスは二本まとめて掴むと、一緒に扱き上げた。
「は……ぁん、ア、やっ……、ザックス……!」
お互いの精がぬるりと絡み合って、擦られる度にくちゅくちゅと耳障りな音を立てる。ザックスの息遣いが耳の傍ではっきりと聞こえる。それが余計に興奮を誘う。
「熱……っ、擦らな……っ、あ……っ、は」
「クラウド……っ」
束ねた雄が限界まで張り詰めている。クラウドがビクンっと背中を仰け反らせた。
「ふぁ……、っ!」
刹那、堰を切って溢れたように精を放つ。二人分の精液が床に四散した。がっくりと力を抜いてザックスに背中を預けて、クラウドは息を荒げる。
「クラウド……」
肩越しに振り返るとザックスが潤んだ目蓋に口付けてくる。壊れ物を扱うような慎重さで触れてくる唇が、もどかしい。
汚れたザックスの掌を口元に運んで、ちろりと舐めてみせた。ザックスが息を呑むのがわかった。
「……もっと、欲しい」
挑発的な瞳でザックスを見返す。
「……いいのか?」
控えめにそう云いながらも、ザックスの表情が変化したのは見逃さない。獲物を捕らえた獰猛な獣のような鋭い視線。
無意識にザックスの膝を握り締めていた。それをどう捉えたのか解らないが、ザックスがさらっと髪を梳いて頭を撫でた。
「ザックスは、本当に……」
云いかけて、言葉を飲み込む。
……本当に、俺の事が好き?
いつも胸の中にある疑念。愚かしい問い。真白い雪に残る足跡のように、踏み躙られて残される。
「ザックス……欲しい……」
欲しい。もっと、もっと。際限なく求めるこの心はきっと誰も知らない。
全てを虜にしてしまえばいい。ザックスを独占して、誰の手にも渡さないように。
そうすればこの不安も消える。胸を占める苦しさも切なさも、そう何もかも。
「ザックス……」
──本当に、そうだろうか?
それで、本当に満たされるのだろうか?
「……わかった。いくらでもあげる。全部、お前のものだ」
ザックスが、夢のように微笑み返した。それが妙に哀しくて、クラウドはきゅっと唇を噛み締める。
ザックスの熱い指先が、火照った肌を滑り落ちる。さっき果てたばかりの雄を撫で、放った精を指に絡めた。
「っ……」
「云っただろ。隠すなよ。脚、閉じるなって」
嗜めるように手を内腿に沿わせて、うっすらと赤く染まる花芯を扱く。そしてその下にある窪みへ、徐々に指先を這わせる。
「んく……っ、ん……、やぁ……」
中指が、皺を伸ばすように穴の周辺を撫でて、そっと侵入してくる。精液が潤滑代わりになって、容易く指は挿入ってくる。
「……力、抜いて、クラウド」
「ん……っ」
人差し指と中指を飲み込ませて、ザックスが囁く。クラウドが腰を少し上げると、更に深く差し込んでくる。手を反転させて、ぐりぐりと押し込む。関節を少しだけ曲げると、クラウドの一番弱いところを目指して蠢く。前立腺を直に嬲られて、クラウドは嬌声を上げるしかない。
「あっ、はぁ……ん、はぁ……あっ、ア……っ!」
不意に指が引き抜かれる。クラウドは名残惜しそうにザックスを見返した。
「……欲しいんだろ?」
ザックスが示したのは、自身だ。固く反り上がった肉芯を掴んで、上目遣いにクラウドを見る。
欲しい。クラウドは音を立てて唾を飲み込んだ。
クラウドは自分で尻を持ち上げて、ザックスの勃ち上がった雄の上に腰を下ろす。トロトロに溶かされたソコは熱く、ザックスを飲み込んでいく。
「ふぁ……、ん……っ!」
自重で深く根元まで銜え込んで、クラウドは大きく息をついた。身体中いっぱいにザックスを感じて、衰えた自身が再び首をもたげる。
「……相変わらずキツイな」
ザックスが耳の後ろで笑った。耳朶を舐めて、口に含む。思わずザックスを締め付けると、ザックスが荒く息を吐いた。
クラウドの太腿を持ち上げて上下に揺さぶり始める。腰も使い、激しく突き上げる。
「はっ、ぁ……ん、あ、……あん……っ」
一突きされるだけで全身を得も知れぬ快感が走り抜けていく。飛ばされるような感覚。内壁がザックスを柔らかく締めつける。それに呼応してザックスも、深く奥へと繋がりを求める。
「……ックス……っ、ザックス……、あ、やっ……」
探るような動きでクラウドの胸元を摘み上げる。もう片方の手は雄へと伸びる。指先で鈴口をぐりぐりと弄られると、今にも達してしまいそうだ。
「凄い……締め付けてくる。コッチも……感じる?」
感度の上がった乳首を引っ張りながら、ザックスが意地悪く訊いてくる。答える代わりにカラダが反応した。
クラウドは床に手をついて四つん這いの格好になる。その隙を逃すことなくザックスは容赦なく突いてくる。床が精液でぬるりとして滑りそうになる。ザックスは腰を掴むと、がつがつと貪るように穿つ。クラウドはだらしなく口を開け、涎を垂らす。涙が嫌でも溢れてくる。
「あぅ……熱い……っ、は、ア……っ、ダメ……!」
──この熱を信じたい。
だけど、信じたのに裏切られたら、今度こそ本当に誰も信じられなくなる。
ザックスは、一生懸命突っ張る手の上に自身の手を重ねた。きゅっと握り締め、肌を密着させる。腰だけを動かして、クラウドを悦楽に鳴かせる。
「ザックス……もう……っ!」
目の前が真っ白になる。酸素不足の頭で何かを考えるのは困難で。
「いいよ……一緒に……!」
一緒に。
ぶるっと身震いしたと思うと、ザックスはクラウドの内部に精を吐き出した。同時にクラウドは肘を付いて残り少ない精を搾り出した。とろりと糸を引いて床に溜まりを作るのを、ぼんやりとした頭で見届ける。
「クラウド……」
ザックスは繋がったままクラウドを抱き起こして肩口にキスをする。絶頂を迎えたカラダには少しの刺激も毒だ。
「んっ……」
視界の端に写るティーカップが、靄のかかった頭を現実に引き戻す。だけど、ザックスの腕の中がとても心地よくて、他の事はどうでもよくなった。
今だけは自分だけのものだから。
ザックスにキスを強請ると、繋がった部位が僅かに反応するのを感じた。
「今日は……朝までいるんだろ?」
「あぁ……」
知っている。朝になれば仕事だと云って消えてしまうお前を。カラダだけの関係なんて否定しているくせに、繋ぎ止めておける方法が他にない。
それでも、いいんだ。
この温もりが、愛おしい。
ミルクティと、お前と、そして……この想いと。
冷めていくのは果たしてどれなのか──。
★★★★★
手にしたカップを流し台に放り投げる。がしゃん、と音を鳴らしてカップの中身が零れた。ステンレスの上を流れ落ちる濁った茶色の液体。
……信じないよ。
お前は嘘つきだから。
だから、自分の胸の内に眠るこの想いも信じないで。認めないで。
そうすれば、傷つかなくて済むから。
水を流すとミルクティは渦を巻いて排水溝に流されていった。一夜限りの情事のように痕跡を残さず綺麗に洗い流される。
「……好き」
呟いた一言は、水音に掻き消されて耳に届かなかった。クラウドは少し淋しく微笑んで、仕事に向かう支度を始めた。
END
UP:2008-3-01