【Roses have thorns】



 ──貴方は、うつくしい薔薇のような人だった。
 
 
 
 魔晄が生み出した明かりも掻き消されてしまうネオン街。夜の闇に支配されない街の片隅で、訪れる人々は夜の顔を見せる。昼の喧騒とは色が違う熱気に彩られ、そこはあたかも下界から見棄てられた朽ちた楽園のようだった。
 ミッドガル六番街スラム・ウォールマーケット。娯楽を求める大人たちが集い、それと共に物資も集まって出来た「金さえ払えば何でも手に入る」闇市の中核だった。
「おにーさん、ちょっと寄ってかない? イイ子いっぱい揃ってるよ?」
 原色バリバリの半被を羽織った若いお兄さんに擦り寄られて、ザックスはたじろいだ。
「いや、あの……俺、忙しいので」
 ザックスは行く手を阻む客引きに丁重に断って、足早に店の前を去る。後を追ってくる様子がない事に安心して、ひたすら溜息をつく。
 今回の任務はこのスラム街に侵入したウータイの残党を探す事だった。それさえなければ酒好き女好きのザックスの事、手放しでいかがわしかろうが店に飛び込む事だろう。まさに生殺しだ。
 しかも目当ての人物はどこに潜んでいるかわからない。気を許す事は出来ないのだ。
 ……こんな時に、アイツでもいればなぁ。ザックスはふと考える。
 周りは化粧の濃い女どもが甲高い声を上げて男どもを暗がりに連れ込んでいる。商売女にときめくつもりはないが、もしアレが彼だったら……
「……何考えてるんだ俺、集中!」
 あらぬ事を想像しかけたたるんだ頬をはたいてザックスは前を向く。早く任務を終わらせて帰ろう。
 ザックスは意を決して足を踏み出す。
 すると、通りすがった誰かと正面衝突してしまう。クラ、っとよろけながらザックスはぶつかった事を詫びようと口を開きかける。
「アラ、いい男」
 目の前にいたのは壁。……ではなく、肩幅有に2メートルもあろうかという大男だった。ザックスは言葉をなくす。それは別の意味でだった。
 その格好はどう考えても中身に不釣合いな、スリットの入った(というのも、大根かと思える巨大な脚をくねくねと覗かせていたから)赤いドレスを身に着けていたからだ。スパンコールがまばゆい。驚くザックスの腕を取り、彼(彼女?)はしゃあしゃあと云ってみせた。
「お兄さん、この辺は初めて? アタシ、サービスしちゃうわよ?」
「……ぅわぁああああああああああああ、結構けっこうですぅううううう!!!!」
 未知のモンスター相手でもこんなに動揺することはない。ぬらぬらと塗りつけた真っ赤な口紅がにやりと開いた。食われる、そう思ったザックスは反射的に背中のバスターソードに手が伸びていた。
「お兄さん、ソルジャーね」
 彼女ははっきりと云った。
「その瞳の色。ここじゃ誤魔化せるかもしれないけど、結構目立つわよ」
 ザックスが恐る恐る目に手を当てる。隠しようがない魔晄の宿る二つの眼。
「そういえば、最近きなくさい連中がこの辺りをうろついてるけど、お兄さんの知り合い?」
「知ってるのか?」
 ザックスは顔を上げる。直視しがたい格好だが、情報は欲しい。彼女は可愛らしく人差し指を唇に当て、声を潜めるよう合図する。
「ここじゃ話せないわね。よかったらアタシの店で話すけど、どうする?」
 渡りに船だ。ザックスは今もって抱いていた不信感を投げ捨てて、思いきりうなづいた。
「頼む、教えてくれ」
「高くつくわよ」
 バチン、と蝿まで追い払えそうな厚ぼったい付け睫毛でウィンクして、彼女は歩き出す。歩く時に妙に腰をくねらせるのが、ザックスには理解しがたいものがある。
 彼女についていくと、通りから少し離れたなんともうさんくさいバーに案内された。入り口はネオンで派手に装飾され、看板にはくたびれた字で「かよわい仔うさぎの店・ラビリン」と書いてある。
 今の状況だと俺の方がかよわい仔うさぎだよな、などと考えながら店内に入る。
「アタシの名前はキャサリン。キャシーでいいわヨ」
「俺はザックス。よろしくキャ、シー……」
「何か飲む? 何でも揃ってるわよ」
「いや、俺仕事中……」
 有無をいわさない勢いでキャシーは指を鳴らしてウェイターを呼ぶ。てきぱきと指示して水割りを作り始める手際の良さに口を挟む事も出来ない。
「とりあえず、かんぱーい」
 ザックスはグラスを受け取って、縁をかちんと鳴らす。まぁ一杯だけなら、とザックスも口をつける。
「あ、うまい」
「でしょ。この店秘蔵のボトルだもの。お客さんに合った酒を出すのがこの店のモットーなの」
「飲みやすいし……俺好みだ。すげぇな」
「こういう商売やってると、人の見る目だけは鍛えられるの」
 秘蔵と聞いて少しばかり値段が過ぎったが、ザックスとて無一文ではない。やばくなったら逃げればいいと楽天的に捉え、つい二口三口と飲み進めてしまう。
「でさ、キャシー。例のきなくさい人物のことだけど……」
「まぁまぁ、それは後でもいいじゃない。ちょっと、マリア! マリアを呼んできなさい!」
「え、あの……?」
 聞き込みモードに入るザックスを無視してキャシーはウェイターを呼びつける。
「いや、俺は仕事中……」
「マリアってね、最近入ったばかりなの。気に入るといいんだけど」
「人の話聞いてる?」
「あ、ホラ、マリア! ちょっとこっちに来なさい!」
 今度はどんなごつい女(?)が現れるのか、ザックスは身構えた。硬い扉で仕切られた個室の入り口から顔を出したのは、見目麗しい少女だった。効果音をつけるならずきゅんと、ザックスは心臓が打ち抜かれるのを感じた。
 暗がりで表情さえわからないが、背中まで伸びた金の髪は緩やかにカールしている。薄紫のショールを纏い、すらっと伸びる指先は細く白い。子供っぽいデザインだがドレスがまたその肢体にマッチしている。俯いたまま躊躇いがちに歩を進めるマリアは、キャシーとザックスの前に立った。
「こんばんは、マリアです」
 マリアが顔を上げる。
 と、ザックスとマリアの表情が一瞬で変わるのが同時だった。
「……クラウドッ!!」
「ザックス……! な、なんでいるの!?」
 飛び上がるように立ち上がるザックスは目の前のクラウドの肩を掴む。
「お前、こそ、なんで……なに、お前……!」
 言葉にならず間抜けにも口をパクパク開ける。互いに何といっていいかわからない。
 普段は白く味気ない肌が化粧に染まっている。女装なんてありえない。ザックスは眩暈がするようだった。
「……俺は、その……今月苦しくて……バイトを……」
「お前は未成年だろう!?」
「ザックスもそうだろ」
 よりによってオカマバーで働く事ないだろうに。ザックスはがっくりと肩を落とす。
「マリア……じゃなくて、クラウド。貴方ソルジャーと知り合いなの?」
「それは、その……」
「悪い、キャシー。ちょっとの間二人きりにしてくれないか」
 ばつの悪そうなクラウドを庇うようにザックスが云う。キャシーは事情を察してソファから腰を浮かす。扉が閉まったのを確認してザックスはへたり込むように座る。
「ザ、ザックス……」
 ザックスは上体を起こし、クラウドを頭から足の爪の先まで眺めやる。きっちりペディキュアまで施され、見事すぎる女装にザックスは溜息を吐き出した。華奢すぎる身体はナイトドレスによく映える。この部屋がもう少し暗かったらクラウドとわからなかっただろう。
 空いたグラスに氷を突っ込んで、ボトルの中身を注ぐ。一気に飲み干して、少しキツめの目線をクラウドに注ぐ。
「ちょっと、ここ座れよ」
 クラウドはおずおずとザックスの隣に座る。ふわっと香るのは香水か何かか。徹底してやがる。ザックスはじっとクラウドを見つめ返す。
「……なんで『生活が苦しい』って、俺に一言云わないんだよ」
「だって、こんなの……云えないよ」
「だからってこんな格好までして……! おまえ、状況わかってるのか?」
「先輩の紹介だったんだ。短時間で金になるって云うし、お酒作って座ってるだけでいいってキャシーさんが……」
「そういう事じゃなくて……!」
 ザックスはクラウドの腕を引き寄せて唇を塞いだ。女物のルージュの匂い。触れて、そっと離れた。
「……こんな場所でこんな格好してたら、誰にどんな目に合わされるかわからないだろ」
「どんな目……って?」
 本気でわかっていないのか、クラウドはマスカラのついた長い睫毛をぱちぱちと瞬かせた。ザックスが呆れて項垂れる。
「……お前わかってない。今、お前がどんな危険な格好してるか……」
「危険?」
「襲われて犯されても仕方ないだろ!?」
 直接的な表現でようやくわかったようだ。クラウドの頬が朱に染まる。
「ばっ、馬鹿……そんなことあるわけ……」
「自覚ないのか!? お前鏡見てみろよ、その辺の女よりずっと美人だから」
 ザックスがクラウドを抱き締める。ショールが床に落ちて、剥き出しの首筋が露になる。
「……誰かに、変な事されなかったか?」
「されてないよ。キャシーさんがいてくれたし……」
「本当に? 禿でデブな親父に色んなとこ触られたりしてないだろうな!?」
「ザ、ザックス! 変な事云うなよ……」
「だって……こんな……!」
 するりとうなじに手を滑らせる。晒された白い肌に歯を立て、そっと吸い付いた。
「んっ、ザックス……!」
 抗議の声を上げると塞ぎにかかってくる。尖らせた舌が唇を割って入ってくる。アルコールの匂い。クラウドの香水と交じり合って不思議な香りがする。
 流し込まれるように侵入してきた滑らかな舌はクラウドのそれを捕らえる。ソファの背もたれに身体を押し付け、クラウドの口腔内を隅々まで堪能する。
「んぅ……むぅ……っ、んふ……」
 唯一抵抗の証として握り締めていた拳を下に落として、クラウドはキスの合間に酸素を求める。
「くるし……ザ、クス……ぅ、んふ……ぅ、ん」
 助けを求めるように背中に縋り付いてクラウドが涙声を漏らす。解放して、ザックスは正面からクラウドを見つめた。睫毛に溜まる涙を舐め取って、こめかみにキスを落とす。
「かわいすぎ、そのカオ」
「……っ」
 ザックスは鬘を外して床に投げた。いつものツンツン頭に反した紫のドレス。背徳的な気分になるのを抑えられない。
「やっぱりその方がイイな」
「馬鹿……」
 ずるり、とソファからずり落ちて横になる。薄い胸板をドレス越しに撫で回し、遠慮なしに鎖骨に跡をつけた。
「ザックス、こんな……場所で……!」
「俺に黙ってこんな事してたおしおきだ」
 のしかかってくる頭を引き剥がそうと髪を掴むが、ザックスの拙い愛撫に力を失っていく。薄い生地とはいえ布越しの感触はじっれたくて。わかっててザックスは胸の周りをくすぐる。
「パッドとかしてないのか?」
「……うるさいっ」
「なぁ、こっちはどうなってるの?」
 そういってスカートを捲り上げる。クラウドは慌てて脚を閉じたが、それは隠せなかった。
「へぇ、下着まで女物なんだ」
「……っ!」
 つつ、と少しばかり膨らんだショーツの上で指先を遊ばせる。レースのついたピンクの下着はクラウドを覆い尽くすには小さすぎる。先端からカウパーが滲み出て染みを作っているのが解る。ザックスはそれに口付けてみせた。
「やめっ……や、だ……っ」
 手でさすりながら唇で形をなぞる様に甘く食む。勃ち上がってしまった雄は窮屈そうに下着を持ち上げている。
「こんなのがついてるのに、女物穿いちゃうんだな。エロすぎ」
「う……」
 恥ずかしさに身を縮込ませると、ザックスは顔を上げて下着を脱がせてしまった。
「やだ……っ」
 汚れた下着をクラウドの雄に纏わせて、扱き上げる。
「んぅ、やだ……っ、は、ハ……、あぁ……!」
 自身の肩を抱き、身を捩るクラウドを追い上げるように手を上下に動かす。喘ぐ口を舌を捻じ込んで黙らせる。びくびくと痙攣するように身体を震わせて、クラウドは一際高い声を上げた。
 脈打つ中心が熱を放つ。下着の中に精を吐き出して、クラウドは深く息を吐き出した。
「……クラウド」
 乱れたドレスもそのままに涙を湛えた瞳でザックスを見やる。ザックスは静かにズボンのファスナーを下ろした。取り出す男根は今にも爆発してしまうように張り詰めて天を向いている。
 クラウドが手を伸ばし、優しく掌で包んだ。
「……してくれる?」
 こく、とクラウドが頷いた。そっと身体を前に押し出し、クラウドの唇に自身を押し当てた。伸ばしてくる舌。先端の割れ目をなぞり、先走りに汚れる鈴口を舐め回す。腰を深く落とすとクラウドは躊躇いなく口いっぱいにソレを頬張る。カリを甘噛みし、舌を宛がって前後させる。
「無理にイかせようとしなくていいから」
「ん……」
「出すならクラウドの中に出したいし」
 陰茎を存分に湿らせた所で、ザックスは引き抜いた。物足りないというように開いたクラウドの口から、白い糸が引いては垂れる。ザックスがにやりと口の端を歪ませた。
「すごい、カワイイ……」 
 赤く腫れぼったく膨らんだ頬を撫で、一言つぶやく。
「馬鹿……っ」
 照れたその表情がますます艶めいて見せるのをクラウドは解っているのだろうか。
 知らなくていい。それは俺だけの秘密。
 こんなクラウドを独り占めできるのは俺だけでいい。
 ザックスはグローブを外した掌でクラウドの太股を撫でる。びく、っと身を固くするが抗うことはない。指先を舐め、奥にある秘所に滑り込ませる。固く閉じたそこをゆっくりと時間をかけて抉じ開け、人差し指を潜り込ませた。
「んぅ……ふ、ん……」
「気持ち悪い? 嫌?」
「……っ、平気……」
 柔らかくなった所を見計らって、指の数を増やす。女と違って準備は怠れない。じれったくなるくらい長い時間を掛け、何度も指を行き来させ丹念に解す。
 堪えるクラウドも愛おしい。丸ごと俺のものにしてやりたい。
 片脚を高く持ち上げて、ザックスはクラウドの秘部を一気に貫いた。
「ぃあ……アッ……、あぁっ……!」
 抉るように腰を突き動かす。安物のソファが悲鳴を上げる。クラウドは声を我慢する事も忘れて、享楽に喘ぐ。
 化粧が涙と汗に流れてぐちゃぐちゃだ。それでもうつくしいと、ザックスは腰を振り続ける。
「……お金に困ってるなら、俺が援助してやるよ」
「……でも、っ……」
「その代わり、こんなに乱れるのは俺の前だけにしてくれよな」
 ミュールが脱げて、素足を晒すとその爪先まで舐め尽くし、貪るようにクラウドの身体を責める。一番深くまで押し込んで、ぎりぎりまで引き抜く。
「んんー……!」
 締め上げて、クラウドが鳴く。
「抜かないで、ぬいちゃやだ……!」
「大丈夫。銜え込んで離さないし」
 浅く、深く。律動は止まない。クラウドが掻き毟るようにスカートを握り締め口元に運ぶ。
 ──もし、ここではなく夜の帳が支配する路上かなんかでお前に出逢ってたら。
 運命は違っていたかもしれない。
 けれど、俺たちは別の場所で出逢ってしまった。
 そして、恋に落ちた。
 理由なんて要らない。お前がいて、俺がいる。その奇跡に今はただ酔いしれる。
「だから、んな締めるなって……俺、もたなっ……」
「だって気持ちい……よ」
「俺も……キモチイイよ……!」
 ザックスが目を細める。流れ落ちる汗。
 限界が近い事を感じて、クラウドの腰を掴んで起き上がらせる。より深く繋がると座位のまま下から突き上げる。
「あ、やぁ……っ、は、ア……っ! ザックス、ザックス……!」
「ごめん、クラウド、もう……無理」
 クラウドを抱き締めて、ザックスは一気に高みへと駆け上った。最奥に精を叩きつけて、長い息をつく。クラウドがしがみついてザックスの上着に精を擦り付けた。しばらく固く抱き合ったまま上がった息を静めようとする。
 アルコールのせいかもしれない。夢のようなその感覚に、頭がぼーっとする。
 クラウドの丸くなった背中を撫でて、ザックスが呟く。
「……だから、危険だって云ったろ?」
 云われてクラウドは真っ赤な顔のままぽかぽかとザックスを殴る。
「危険なのはザックスだけだよっ!」
「イテイテテ。まぁ、俺はいつでも危険だけど」
「!……もう、こんなんじゃ、バイト続けられないじゃないか」
 服もメイクも髪もぐちゃぐちゃだ。クラウドは深々と溜息を落とした。今の痴態をキャシーが見逃すはずはないだろう。ザックスはニヤニヤとクラウドのくしゃくしゃの頭を撫で回す。
「俺が専属のスポンサーになってやるよ」
「……! でも、ザックスに迷惑は……」
「そうだな、お礼はキス一回でどうだ」
 クラウドが上目遣いで唇を尖らせる。
「簡単だろ?」
「……ん」
 わかった、と頷いて目を閉じる。
 そっと、だけどより深く口付けて、離れる。
「……さて、お二人さん、そろそろいいかしら?」
 扉の向こうからキャシーが声を上げる。あわてて服を正してソファに座る。呆れたような、すべて承知というような貫禄のある態でキャシーは部屋の中に入ってくる。
「クラウド……貴方神羅の人間だったのね」
「ごめんなさい……」
「悪いけど、神羅の人間を雇うわけにはいかないわ。今までの分は払うけど、わかってるわね」
「はい……」
 キャシーの物云いは強いが非難している訳ではない。それが解るから、二人は従うしかないのだ。
 ザックスは酒代を払おうとしたが、丁寧に断られた。
「ごめんなさい。アタシは貴方の欲しい情報を持ってないの。ソルジャーだから、からかっただけ。お金は要らないわ」
 クラウドが着替えを終えるまでザックスは店の外で待っていた。おずおずと出てくるクラウドは手にしっかり封筒を持っていた。それは今までの分を大きく補って余りある程の金額だった。
「悪い人じゃなかったな、キャシー」
「……うん」
 ザックスは肌寒い風に身震いしてクラウドの肩を抱いた。香水の残り香が鼻を掠めた。
「ザックス」
「なに?」
 クラウドはその手をするりとすり抜けて、ザックスに向き直る。
「スポンサーの件。……ちゃんとキス一回分は貰わないと」
 ちゃっかりしてる。行き場のない手を伸ばしたまま固まるザックスにクラウドが微笑みかける。
「今日のご飯、奢ってよね」
「……わかったよ」
 花の香り。夜風に紛れてちぎれて消えていく。
 ──お前は薔薇のようだ。触れる者に傷を与えて、蔓を伸ばして絡み付いて捕らえて離さない。
「まるで魔性の男、だな」
 うつくしい人。
 俺だけのもの。
 ザックスは歩幅を合わせて、とりあえずどこかの居酒屋にでも入って冷えてしまった身体を暖めようと考える。任務の件はひとまず忘れてしまおう。今はただ、隣に並ぶこの男と一緒に歩くために──夜は静かに確実に更けていく。誰の元にも平等に、それは降り注ぐ。今度また駄目元で女装させてみようかな。そんな不埒な事を思いながら、クラウドの手を取った。





   END
UP:2008-10-02