【可愛がる】
──遠くで野良猫が鳴いている。足元を駆け抜けていく涼やかな風は、街の残された熱気を洗っていくようだった。
カランカラン、と乾いた音がして、投げ捨てられた空き缶が転がっていく。他人事のようにそれを眺めやり、クラウドは今自身に起きている事態を動かない脳みそで認識しようとする。
「ザ、ザックス……あの」
クラウドは目の前に迫る影に怯えるように声を絞る。背中には壁。歓楽街の路地裏。喧騒から逃れた闇の先で、光を失わない蒼の双眸を見返した。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃなくて……」
ザックスは壁に手をついて、クラウドを真正面から見返す。ふわ、と髪がザックスの鼻先を掠めた。
食事を終えて、家路に着く途中だった。何を考えたのか、ザックスに強引に手を引かれ歩道を外れ、気が付くと狭い路地裏に連れ込まれていた。
「ここ、外なんだけど……」
「わかってるよ」
「わかってないだろ! こんなトコ、人に見られたら……」
「こんな暗がり、誰が来るんだよ」
そうじゃなくて。クラウドは混乱する。息が耳にかかる。くすぐったくて肩を竦める。ふ、とザックスが微笑んだのがわかった。
「……駄目だよ、こんな場所……で」
「我慢出来ない」
「ちょ、耳……っ」
耳朶に歯を立てて、ザックスが云う。甘噛みされて、クラウドはビクっと肩を震わせる。慌ててザックスの胸元を押し遣って拒否する。けれどびくともしないどころか、ますます身体ごと壁に押し付けてくる。逃げられない。
「……ぅ」
「嫌だったら、遠慮なく大声出していいぜ」
そんな事が出来たらとっくにやっている。胸に置いた手をそのままにして服を掴む。噛み締める唇の上をざらりと舐めてザックスが呟く。
「唇噛み締めるのは止めな。痛いだろ?」
「やだ……」
俯いて、顔を背ける。その顎を掴むと躊躇い無く口付けてくる。
「んっ……!」
頭の芯が痺れるような強いキス。強引に。押し付けられて息が出来ない。苦しくて苦しくて、もがくように背中に手を回した。深く求めるように爪を立てると、ザックスは唇が触れるか触れないかの距離でそっと微笑んだ。
息をするタイミングで舌を差し込まれる。
「んぁ……んっむ……、ん……!」
浸入してきた舌は唾液を絡めながらクラウドの歯列をなぞった。尖らせたそれで上顎の皮膚の薄い部位を撫で、クラウドから抵抗する気力を奪う。絡め取られた舌を互いに重ねて、より深く味わうように躍らせる。ちゅくちゅくという小さな水音がその狭い空間によりリアルに響いた。
「ふ……ぅ、は……」
塞がれた唇の合間から酸素を取り込む。ザックスの手は服の上から無遠慮に身体の隅々を触る。しかし、肝心な下腹部には手をやらない。
「やぁ……ザ、ックス……ぅ、ん……っ」
縋るように涙声で応える。火のついたザックスは胸元を弄って更に敏感な先端を摘み上げる。服越しのもどかしい感触に身震いすらする。
どうしよう。クラウドは理性の狭間で自問する。ここは外で、人通りは少ないといっても街の片隅で。止まらないザックスは服の中に手を入れてくる。直に触れられてクラウドは泣きそうになる。
ここでは求める事が出来ないのに。
「だ、ダメ……だっ……、ザックス……っ!」
「触るだけ、な?」
「ダメだって……」
言葉に力が無い。ほんの少し足を広げると、ザックスが割り込んでくる。ぐっ、と股間に押し付けられる太股が欲を膨らませる。
「……口で云う割りに、勃ってるな」
首を振ろうものならキスで黙らせる。冷たい掌が肌の上を滑っていく。僅かな刺激でも縋りつきたく。おかしくなりそうだ。
「ザックスの……いじ、わる……っ」
「馬鹿だな。こういうのは可愛がるっていうんだよ」
しれっとそんな風に云いながら、もう一度口付けを与える。クラウドの頭の中の蜘蛛の巣を払うように、腰に来るキスをして。
「ずるい……っ、俺だけ……こんなにして……っ」
恥ずかしいのに、身体が収まらない。鳴り止まない鼓動。
静める方法は、ザックスが知っている。
「どうする? このままおとなしく部屋に帰るか?」
「……嫌だ……」
離れたくない。このままじゃ終われない。クラウドは力なくザックスに枝垂れかかる。
「じゃ、お泊り決定だな」
目的を果たしたようにザックスはクラウドの腰を抱えて壁から引き剥がす。ザックスに支えてもらわないとまっすぐ立つ事も出来ない。恨みがましく睨みつけるがザックスには通用しない。
「……ザックスって……、」
言葉は不意のキスに飲み込まれる。クラウドの頭上に明日の訓練の事がちらりと過ぎって、どうやって休もうか上手い理由を考えようとした。だけど寄り添う肩が暖かいから、今だけは忘れようと努めた。
野良猫の囁くような鳴き声だけが、路地裏に残された。夜はまだ始まったばかりだった──
END
UP:2008-10-01