【蜜薬】



 古びた小瓶。コルクの栓を果物ナイフで力ずくで抉じ開け、中身が零れていないか確かめるようにほんの少し左右に揺らす。甘ったるい匂い。子供が飲むシロップ剤に似た液体。クラウドは胡散臭そうに眺めながら、高鳴る心臓を小瓶を握り締めることで押さえ込んだ。
 意を決したようにそれを一滴二滴、カップの中に垂らす。すぐに中の液体と混ざり合い、スプーンで二、三回掻き交ぜてやると完全に溶け合ってしまった。匂いも残らない。完璧だった。
「……ザックス、珈琲が入ったぞ」
 ──絶対に気付かれないように。相手は仮にもソルジャーだ。クラウドは、微塵の変化も読み取られないように平静を努めて振り返る。何も知らないザックスは軽く手を挙げクラウドから自分専用のカップを受け取る。クラウドも専用のカップを取り、その向かいに座った。
 ザックスは、普段と変わらぬ様子でそれを飲み干した。
「……今日は、泊まっていくんだよな?」
「ん、珍しいな、いつもなら『早く帰れ』ってうるさいのに」
「……たまには、そんな気にもなるんだ。悪いか?」
 ザックスは目をしばたかせ、直ぐさま表情を崩す。馬鹿、とクラウドは照れたように冷たく返して、自分のカップを持ち上げる。
 ……確かめたい事が、ひとつだけあったのだ。
 
 
 
 
 荒々しい息遣いが首筋を埋め、クラウドは苦しさに喘ぎながら相手の背中に腕を回す。ザックスはいつになく性急にクラウドの衣服を剥ぎ取ると、無言のまま剥き出した肌に見境なく吸い付いて舐め回す。
 ほんの少し煽っただけなのに、ザックスの火が点くには充分だったようだ。何より、珈琲に盛った例のモノの仕業かも知れない。
「……あ、ハァ……ん、ふ……」
 鎖骨に歯を立てるザックスの後頭部を掴み、髪を梳く。催促するように、何度も。そしてザックスはますます激しくクラウドの湿った肌を撫で回してみせた。
 ──たまたま入った薬局の埃の被った棚の上に、いかにも胡散臭いパッケージの液体が眠っていた。店主は簡単に「媚薬」だと説明した。意中の相手を『その気』にさせる。
 そして、その効力は疑う程もなかった。
 触れてくる唇が熱い。本気で求めているのが直に伝わってくる。
「……ヤバイかも、俺……っ」
「ザックス……?」
「セーブ出来ない、かも」
 ほんのりと赤みを増す胸元に口付ける。不意に胸の突起に吸い付く。クラウドからはただ、堪えるように唇を噛み締める。
 音を立てて、舌で転がすように弄ぶ。痛いようなこそばゆいような感覚。
 ザックスの手は脇腹を撫で腰まで及ぶと、太腿を降りていく。皮膚と皮膚とが重なる感触がもどかしい。
「……セーブなんて……しなくて、いい……」
 苦し紛れにクラウドが呟く。
 潤む視線がかち合うと、優しくキスをしてくれる。
 ……薬のせいだと解っているのに、堪らなく嬉しい。
「んっ……」
 臍から下、敏感な部位に近付く指。
「やぁ……っ」
 思わず口元を手で押さえつける。
 だが、ザックスがその腕を強引に奪った。
「なに……っ」
「クラウド、声……ちゃんと聞かせて。聞きたい」
 羞恥に耳まで染めると、やっとの思いでうなづいた。自由の奪われた両腕。起き上がり、ザックスが下腹部に顔を埋めるのを黙って見つめる。内腿に息が掛かると、つい身を強張らせる。
 片手でクラウドの腕を制し、もう片方の手でクラウドの雄を握る。包皮ごと扱いて、滲み出てくる蜜を爪で掬う。舌で舐め取って、躊躇いなく口に銜える。
「あっ……ア、くぅ……ん、んぅ……!」
 亀頭を嬲り、鈴口をこじ開けるように舌を尖らせる。じゅぷじゅぷと淫靡な音を上げて、頭を上下に振るう。合わせて手で扱く。
 キスだけで充分に硬く勃ち上がったクラウドの雄は、乱暴ながら充分に刺激を与える口淫に歓喜の涙を流す。
「ザックス……手、痛いよ……」
「ん、あ……悪い」
「ザックス……。俺も……」
 開放された腕で抱き締める。
「俺も……しても、いいか?」
「え?……え?」
「口で……駄目、か?」
 訊き返されて、クラウドは戸惑う。普段なら自分からそんな事を進んでやる訳がなく。
 でも、してあげたかった。
 すでにザックスの半身も暴発しそうに上を向いている。窮屈そうな下着を脱ぎ捨てて、お互いにお互いを口に含む。
「……ふ、ん……は、ふ……」
「んっ……クラウド……」
 張り詰めた裏筋を舌でなぞり、喉の奥まで飲み込んでは吸い付く。苦い。先走りと唾液とが頬を伝って落ちて布団に染みを作る。
 緩急をつけながら頭を前後させ、到達を促す。
「っく……っ」
 先に達したのはクラウドだった。我慢出来ずにザックスの口の中に放つと、驚きもせずザックスは叩きつけられた精を飲み干す。
「っごめん……!」
「いいよ。気持ちよかったんだろ?」
「……うん」
 起き上がり口元を拭うザックスに、自ら近付いて深く口付ける。絡んだ舌が精液で汚れても気にしない。
「……なんか、クラウド……積極的」
「……そんなこと、ない」
「誘惑されてる気分だ」
 事実、その通りなのだからクラウドは何も云えなくなる。
 自分から、誘った。
 ……こうなるように仕掛けた。
 卑怯な手段で。
 ザックスはクラウドを押し倒して、震える両の脚を開かせた。枕元に忍ばせた潤滑剤を手に取ると、その蓋を開ける。粘着質な液体を太腿から割れ目に沿って垂らす。甘い香り。くらくらする。
 ぬるりとした感触に身を縮込ませると、容赦なくザックスは尻たぶに液体をなすりつけた。窪みに向かって指先が動くと、思わずクラウドは呻く。
「ふぁ……っ、あ、ん……」
 指が侵入してくる。第二関節まで飲み込ませて、入り口を解すように何度も前後に動かす。
「凄い……締め付けてくる」
「ザッ……クス」
「力……抜いてて。俺、手加減出来そうにないから」
 真顔でそう呟くザックスが、本当に辛そうで、クラウドはほんの少しちくりと罪悪感が心を掠めた。
 けれど、下腹部から込み上げてくる熱の所為で、それも消えてしまう。
 クラウドの弱い部分を引っ掻くように関節を曲げる。
「ひぅ……っ、ん、う……っ、ザックス……っ」
 ザックスは半開きの唇に舌を差し入れてくる。息すら出来ない程に濃厚な口付けで、クラウドの理性も何処かへ去ってしまう。
 気付くと強請るように、上目遣いで合図をする。
 欲しい……と。
 ザックスは指を引き抜くと、ひくつかせる秘所へ自身を擦りつけた。ぬるり。硬くそそり立つそれを押し付けられるだけで、クラウドは期待と不安で打ち震える。
「ザッ……クス」
 空を掌で掴むように、ザックスの背中を引き寄せた。ぴったりと腰を重ねると、狙いを済ますようにザックスが入ってくる。遠慮がちに、しかし正確に。
「はぁ……っ」
 抱き合うように身体を寄せ合って、互いにしがみつく。張り詰めた雄が内部を犯していく様がリアルに感じられた。クラウドは耳元で小さく苦痛に喘ぐ。
「ふぁ……くっ、ん……っ」
「クラウド、そんなにしがみつくなよ。……苦しい」
「ごめん……っ」
「いや、嬉しいけどさ」
 俺を欲しがってるんだろう? そう云いたげにザックスは唇を重ねる。
 ……欲しい。それは間違った事なのだろうか。
 こんな薬を使わなければ、手に入らないものなのだろうか。
 本当に。
「ふぁ……っ、あ、ア……」
「……動いていいか?」
 云うが早いか、ザックスは腰に力を入れる。引き抜いては押し入れる。初めはぎこちなく、そして徐々にリズミカルに。
「やぁ……っ、は、ん……あん……っ」
「クラウド……っ」
「うん……っ、ん、はぁ……は、あっ……ハ」
 揺さぶられ、息が詰まる。更に追い立てるように唇を塞がれる。酸欠になりそうに、互いを貪り合う。
「んっ……んぅ……っ」
 何も考えられなくなる。ザックスに囚われる。
 打ち付ける腰の速さが一段と激しくなった。クラウドはされるがままに悲鳴を上げ続ける。高みへ。ザックスは手を取って指を絡めた。汗で湿ったそれをクラウドは懸命に握り返した。離れたくないと、理性の狭間で強く願いながら。
「ザッ……クス、あ、……んっ、はぁ……んっ」
「クラウド……っ、は、……くっ」
 熱に浮かされたような、名を呼ぶ声。
 そして、これ以上に深いところはないのに、更に奥へと繋がりを求める。
 その最果てに、ザックスは己の欲を注ぎ込んだ。
「あっ……!」
 クラウドもまた、背筋をぞくぞくと震わせながら腹の上へ精を吐き出した。
 ぎゅ……っと、指に力を込める。
 自分の中に叩きつけられる精を感じながら、クラウドは目を閉じる。
 ザックスをまともに見れない。こんな浅ましい自分を……赦せない。起き上がるとクラウドはその手を払いのけ、肩を抱いて身を縮めた。
「クラウド……?」
 機嫌が悪くなったとでも思ったか、俯くクラウドの頭を撫でる。
 途端に、涙が一筋流れた。
「なっ……なんで、なんで泣くんだ!?」
「ちがう」
 何が違うのか云わないまま、ザックスの胸元に顔を押し付ける。
 ……こんなやり方で。
 手に入れたかった訳じゃない。
「……ごめん」
「なんでクラウドが謝るんだ?」
「……さっき、珈琲に……薬を混ぜたんだ」
「薬?」
 クラウドはおずおずと、心の内を話し始める。
「ザックスの、本当の気持ちが知りたくて……」
「俺の気持ちって……?」
 涙を指で掬って、ザックスがその瞳を覗き込む。クラウドは瞬きをひとつして、涙を落とした。
「……時々、不安になるんだ。ザックスが、不意にどこかにいなくなったりするんじゃないかって。でも、この薬が本物だったら、ザックスが俺の事どう思ってるか……わかるかもしれないって思ったんだ」
「……よくわかんないな」
「でも、ごめん……違うんだ。そういうんじゃなくて……こんなつもりじゃなかったんだ」
 クラウドはただ、謝ることしか出来ない。
 薬に頼って、ザックスの気持ちを裏切った。
 ザックスは訳がわからず、頭をぽりぽりと掻いた。
「あ、そうか……今日なんかムラムラすると思ったら……クラウドのせいだったのか!」
「……っ」
「なんだ、俺クラウドに誘われてるんだと思ってた」
「……なんだよそれ」
「だって、そういうことなんだろ? 結局は」
 ザックスを手に入れたかったから。だから薬を盛った。クラウドは意味に気付いて赤面する。
「俺の気持ちなんて……いつだって変わらないよ」
 ザックスは、いつになく真剣に囁いてみせた。
「お前が一番だよ、クラウド」
「……っ!」
 触れるだけのキスをして、ザックスはきっぱりと云い放った。
「……馬鹿」
 唇の輪郭を指でなぞって、クラウドは照れを含めながら呟いた。
 必要なのは、言葉じゃない。
 繋がっている心ごと、全てを信じること。
 クラウドはザックスの唇に指先を伸ばした。
 その手首を逆手に取って、ザックスが意地悪く微笑む。
「そんな素直じゃない奴には、お仕置きが必要だな」
「なに……っ?」
「今夜は寝かさないからな。こんな身体にした責任は取ってもらうからな」
 ……前言撤回。クラウドは組み敷かれながら自分のした事の重大さに改めて思い知らされる。だけど、皮膚から伝わる情熱が嘘ではないと解ったから。たまには素直に求めてみようか。……実行するか否かは解らないが、クラウドは与えられる愛撫の合間にぼんやりとそう思っていた。




   END
UP:2007-010-22