【目を閉じて、三つ数えて】
「……という訳で、作戦は明後日早朝。それまで各自好きに待機。解散!」
退屈なミーティングが終わってザックスは我先にと席を立った。
「ザックス! 今日はもう終わりだろ。メシでも喰いに……」
声を掛けてくる同僚を完全に無視して、ざわめきの残るミーティングルームを後にする。携帯を取り出して、コールするのはいつもの相手。
時計を確認すれば夜九時過ぎ。普段なら部屋に戻っている頃だ。ザックスは人にぶつからないように廊下を抜け、人気のない場所まで走る。
繋がった途端、ザックスの表情がパッと明るくなる。
「……もしもしっ?」
『もしもし、ザックス?』
「今本社なんだけどさ。クラウドは?」
『これからご飯食べて帰るところ』
電話越しにクラウドが微笑むのが解る。
「メシまだなら、一緒に食べに行かないか?」
『……うん、いいけど』
「じゃ、いつもの店な。先入って待ってて」
『わかった』
素っ気無い、短い会話。クラウドから通話を切るのを待って、携帯を畳んだ。
──俺は、こうやって声が聴けるだけで嬉しいけど、彼はどうなんだろう。ザックスはちらつく疑念を振り払えなかった。
連絡も、会いに行くのも自分からだ。告白だって……ザックスは携帯を握り締めて途方に暮れる。
時折、不安になる。
手を伸ばせば触れられるように、クラウドの心も手に取れればいいのに。
俺の存在は、お前にとってどれほどの価値があるのか。
知りたい。
「……考えてる場合じゃないか」
かしかしと頭を掻いて、エレベーターに向かう。悩む暇があるなら、逢いに行こう。時間は待ってくれない。少しでも長く、彼の傍にいる為にザックスは脇目も振らず本社ビルを後にする。
連絡を入れてからきっかり三十分後、クラウドの待つレストランに辿り着く。店の隅にちょこんと座るクラウドを見つけて、手を振って見せた。
「意外と早かったね」
「任せろ! クラウドを待たせちゃ悪いだろ?」
一刻も早く逢いたいからだとは云えない。クラウドは薄く笑う。
「外で逢うのも久しぶりだな」
「……ザックスが忙しいから、仕方ないだろ」
そう云われると反論出来ない。
「でもさ、俺としては少しの合間でもクラウドに逢いたいんだけどな。俺が遠出したりするとそれっきり連絡もくれないし」
メニューを聞きに来るウェイトレスに愛想よく笑顔を振り撒く。クラウドは何も云わない。
「……連絡は、ザックスがくれるから」
クラウドがぼそりと呟く。
「だって、クラウドがしてくれないから……俺がするしかないじゃないか」
「それって、俺のせいなのか?」
強く。もしかして怒らせた? ザックスはぎくりと身構える。
「そうはいってないだろ?」
「……」
そこで黙り込んでしまう。ザックスは困ったように頬を掻く。クラウドはなかなか感情を表現してくれない。読み取るのは苦労だ。
注文した料理が運ばれてくる。気まずい空気のまま、二人は箸をつける。
……こんなはずじゃなかったのに。ザックスは味のわからないスープを喉の奥に流し込む。今日の訓練の話とか、今度の任務とか、逢えなかったこの何日かの事とか楽しく話しながら食事して。明日はフリーだから何処かに遊びに行ったり、そのまま泊まったりして。
そんなささやかな一時を過ごしたかっただけなのに。
「……クラウドさ、俺と逢うの……いや?」
クラウドはガチャン、と皿にスプーンを叩きつける。しまった、と思う前に口が滑った。ザックスは恐る恐るクラウドを見返す。
何かを堪えるような、必死な瞳。
「……俺、帰る」
クラウドが椅子を引いた。
「ちょ、なんで!?」
「お金、置いていくから」
明らかに自分の所為だ。ザックスは立ち上がって、財布を取り出すクラウドの腕を掴む。
「ごめん、俺が悪かった!」
「……悪かったって、本当に思ってる?」
「本当にごめん……俺、変な事云ったよな」
クラウドは無言で掴む手を払うと、お金をテーブルに叩きつける。その足で踵を返して、一度も振り返らずに店の入り口を出て行く。
「ちょっと、待てよ!」
あわてて追いかける。けれど店主に足止めされて、店を出た時にはもうクラウドの影はなかった。
夜の街。繁華街は昼間とは違う熱気に煽られて、独りをより際立たせる。ザックスは肩を落とし、その場にしゃがみ込んだ。
「なんだよ……っ!」
俺は何を云った? 何が気に障った? ザックスは混乱する頭で反芻する。
クラウドに逢いたくて、逢いたくて逢いたくて仕方がなかったのに、クラウドはそうじゃなかったのか?
睨み付けるような瞳が脳裏に焼き付いている。
「……なんだよ……」
雑踏をすり抜ける風に前髪が踊る。追いかける勇気もなく、握り締めた拳が冷たくなるまでザックスはそこから動けなかった。
それでも、行かなければ。
嫌われたなら、そうだと確認するまでは信じては駄目だ。
感情を表さない不器用なクラウドを、それでも求めるココロが真実だから。
落ち込んでいる暇なんてない。
決意すると同時にザックスは駆け出していた。向かうはクラウドの部屋。きっとそこにいるから。
俺を待っていると、解っているから。
──知りたい。
クラウドの『本音』を。
重く閉じた扉の前。他の兵士たちに見つからないように立つ。ザックスは息を潜め、そっと扉を撫でた。
僅かに人の気配がする。時間的にも、クラウドは帰ってきている。元々寄り道するような奴ではない。確信を持って、ザックスはキッと扉を睨む。
ポケットから取り出すのは携帯電話。履歴を呼び出して、通話ボタンを押す。
扉の向こうで聴こえる着信音。
「……もしもし?」
押し殺した声で名を呼ぶと、クラウドは息を飲んだ。
「……ごめん」
ただ、一言。クラウドは応えない。
「俺、クラウドに逢えるの、楽しみにしてたんだ。だから、その……浮かれてたのかも」
でも、クラウドは違うのかもしれない。そんな風に疑ってしまった。
「俺だけ……かな。そんな風に思ってるの」
『──違う』
乾いた音を立てて、扉が自動的に開く。携帯を握り締めてクラウドが暗闇に佇む。ザックスの姿を認めると、通話を切る。
「クラウド」
「……」
心なしか、頬が染まっている。ザックスはどう声を掛ければいいか解らず、そっと手を差し伸べた。
その手を取って、クラウドがしっかりと見つめ返す。
「……中、入っていいよ」
しばし見つめ合った後、促されて扉をくぐる。クラウドが扉を閉めて、俯く。クラウドの背中。抱き締めたい衝動に駆られ、自分を抑えた。
「……俺だって、逢いたかった」
躊躇うように、クラウドが呟く。
「電話だってメールだって……したい、けど、忙しいの解ってるから……」
「クラウド」
「返事なかったら、嫌だし」
「ごめん、クラウド」
腕を引っぱってクラウドをこちらに向けさせる。顔も見ないで抱き寄せる。
「クラウドの気持ち、ちゃんと解ってなかった。ごめん……!」
「……」
背中に回すクラウドの腕に力が入る。しがみつくように。
離したくない。そう物語る。
この手が、全てを教えてくれる。自分の気持ちを晒すのが下手なクラウドの、心を解き放つ。
「クラウド、俺の事……スキ、だよな?」
「っ……」
動揺するクラウドの肩が戦慄く。
「疑ってる訳じゃないんだ。ただ……」
何でもいい。証拠が欲しいんだ。
女々しいと思うだろうか。言葉でも、安心できる要素が欲しい。
「……ザックス」
そっと身体を離して、クラウドが蒼い双眸を合わせる。
「目……閉じて」
「えっ……」
「いいからっ……閉じて」
訳が解らないまま云うとおりに目を伏せる。
「三つ数えて」
……ひとつ。ふたつ。みっつ。
柔らかく、唇に触れてくる吐息。
「く、クラウド!?」
あわてて身を乗り出すとクラウドはくるっと背を向け、意地悪く振り返る。照明がないせいでどんな表情かも見えないけれど、それは脳内で補完する。
「嫌いだったら、こんな事しない」
唇に残るクラウドの感触。思わずザックスはクラウドに抱きつく。
「ごめん、……ありがとう」
ありがとう。
「……馬鹿」
そうだよ。こんな事で死ぬ程嬉しくなれるのだから、世界中で一番馬鹿でもいい。
おまえに触れられない朝が来るなんて、もう信じなくていい。
電話もメールも要らない。
おまえが傍にいるだけで幸せなのだと、抱き合うだけで伝わるから。
「クラウド、大好き」
「……調子に乗るな」
クラウドが精一杯くれるもの。言葉で云い表わせない程の深い愛情。
きっと明日も迷宮で迷うだろう。だけど、その度に地図を渡される。
お前を目指す為に。
愛しい彼に口付ける。嫌がる様子もなく、クラウドは受け入れてくれる。吐息が熱を帯びる頃、二人は夜の闇に身を委ねる。
お互いを感じる為に。
「今度は、クラウドから電話して、な?」
「……うん」
腕の中に眠るクラウドは素直で。……でも、一晩経てば覆される約束だけど。
目を閉じて、三つ数えよう。
今日より明日は、キスの数が増えるから。
きっと。
END
UP:2007-11-15