【今夜も星に抱かれて】
……ずっと、夢を見ていた気がする。
ゆらゆらと、波間を漂う泡のように押しては引いて消えていく。無意識と意識の間。時間も空間も超越した世界。宙に浮くような感覚。
それは眠りから覚める間際だ。漂う非現実感。クラウドは覚束ない指先で隣に眠る男の腕を掴んで引き寄せた。
「……クラウド?」
引かれた腕に目を覚ましたザックスが、ぼんやりと声を掛けた。
クラウドはまだ完全に醒め切らない意識のまま、ぎゅっとザックスにしがみついた。何処か怯えている様子で。ザックスは、ふとクラウドの頭を優しく撫でてやる。
「……夢、だったんだ……」
クラウドはただ、そう呟いた。
「怖い夢でも見た?」
子供をあやすようにザックスが背中をぽんぽんと叩く。その感触でようやく、クラウドははっきりと現実を認識する。
「……ザックスが」
「うん?」
「いなくなる夢……」
口に出して、もう一度「それ」が夢であったと確認する。
断片的に蘇る、夢の映像。考えたくないのに、映画のフィルムのように脳裏に差し込まれては消えていく。血だらけで倒れるお前。触れる指先。涙。託された想い。そして……
しっかと抱きしめるザックスの身体さえおぼろげに映る。
「馬鹿だな、俺はここにいるだろ……?」
笑い飛ばして、ザックスは何度もクラウドの頭を撫でてやる。
こんなに傍にいるのに。
遠い。
ザックスの腕の中。心地いい場所。世界で一番安全で安心出来るところ。
それが──なくなるなんて。
「大丈夫だよ。俺はいなくなったりしないから」
嘘吐き。
任務があれば何処へなりとも消えてしまう。ソルジャーがどれだけ危険で大変か、いつも死と隣り合わせでいるのだと。
知っている。解っている。なのに、こんなに心がざわついて仕方ない。
俺は、ザックスを失いたくない。
失いたくないのに。
「じゃ、約束しよう」
「や、くそく……?」
「もし俺がいなくなったりしたら、俺の事殺してもいいから」
ザックスは心臓の辺りに手を置いて、さらりと云う。
「人は死んでも、心に残る。もし俺がいなくなって、クラウドの心に残っても、その心にいる俺も殺して」
「そんなの……」
「だけど、クラウドがずっと俺の事を忘れないでいてくれたら、俺はいつだってお前の傍に──心に生き続ける事になる。心は繋がっているから。二人は離れない。ずっと、ずっと」
クラウドは言葉を失ったまま、ザックスを真正面から見つめた。本気だ。
人は死んで、塵に返りやがてライフストリームとして星を巡る。
だけど誰かの心に生き続ければ、人としての生命は途切れても、その魂は生き続ける。
きっと、永遠に。
「俺は……ザックスを殺さない」
ザックスの手の上に自身の手を重ねて、誓う。
「ずっとザックスの事を忘れない」
「……うん」
ザックスの胸に顔を埋めて、そっと瞳を閉じる。ザックスの鼓動。規則正しく刻むリズム。肌から伝わる熱も、匂いも、感触も、どれも愛おしい。
ザックス。俺は忘れない。お前がここにいたこと。ここにいること。一緒に眠る時、愛し合う時、離れている時もお前を好きだということ。
心を残して、お前は夢のようにいなくなってしまったけれど。
俺は、忘れない。
ザックスの腕に包まれて、クラウドは再び襲い来る眠気に抗えず吐息を漏らす。時を待たずにしてクラウドは規則正しい寝息を立て始める。
そばにいるから。ザックスが小さく呟いたような気がする。だけどクラウドは幸せに身を包まれながら、夢の中に戻っていった。宵の星が瞬いては散っていく。胡蝶の夢。世界は正しく、もうひとつの現実に還っていく──
ずっと、夢を見ていた気がする。目を覚ましたクラウドは肺いっぱいまで空気を吸い込んで、重たい上半身を無理矢理動かした。
そこはミッドガルから少し離れた丘陵だ。愛機フェンリルの傍らで、しばしうたた寝していた。
気が付けば空は暗黒の幕に覆われ、満天の星が地上を照らしている。大災害以来この辺りの空気も幾分か綺麗になり、澄み通るような星空が拝めるようになった。
懐かしい夢を見た。今よりは少しだけ幸せだったあの日々。いや、どちらが夢だったのか、最早わからない。クラウドは立ち上がり衣服に付いた砂を払い落とし、何度も足を運んだ「あの丘」に向かう。目印は半ばまで突き刺さった古びた大剣だ。
「……やっぱり、嘘吐きだったな」
少しだけ微笑んで、吐き出す。
「だけど、約束は守るよ」
俺は、忘れない。心の真ん中に、お前がいる。その心を、守り続ける。
そばにいるから。
風がふっとクラウドの髪をかざして流れていく。ちょうどザックスの大きな手が撫でたように。
空には星。見上げればそこに在る月。世界を覆い尽くす光。落ちては消える。
だけど、星は巡る。
ほんの少し、哀しみを残して。
END
UP:2008-9-23