【言葉よりも優しいキスを】



 滑稽な話だろう。
 お前と……したい、なんて。
 
 
 
 
「おはようの前に一回。おはようの後にも一回。お出かけの時にも一回。お休み前に……」
 月の在処も見失いそうな夜。のっぺりとした夜空を窓に映し、ザックスはソファの上で何やら指を折って数えている。クラウドは風呂上りの眠そうな眼で、遠巻きにそれを視認する。
 こういう時のザックスの表情は、何か企んでいるのが丸わかりだ。クラウドはとりあえず、耳にしてしまった以上尋ね返さなければいけないと妙な責任感を抱いた。
「……一体何の話だよ」
「決まってるだろ? 挨拶のキスだよ」
 クラウドが解っていてもあえて質問した事を、微動だにせず応えるザックスに呆れ果てるを通り越して怒りすら覚える。
「なにそれ」
「俺とクラウドの決まりごと!」
「断る」
「一言で却下かよ!」
 むくれるクラウドを背後から抱き締めて、後頭部に顔を埋める。
「……だって、クラウド、キス好きだろ?」
 云われて、一気に赤面する。
「そんな訳ないだろ! 勝手に決めるな!」
「でも、キスしてる時のクラウド、すごい好きなんだけどな」
 天然でそんな発言をしているなら、ザックスは尊敬に値する。そう思いかけてクラウドは思考を振り払う。相手のペースに乗ったらダメだ。
「とにかく、俺はいつだってクラウドと……したい。駄目か?」
 わざとらしくクラウドの唇を親指で撫でて、促す。
「だからって、朝とか出かける時とか……」
「決めておけば、困らないだろ?」
 クラウドは俯く。
「じゃあ……」
 ザックスの指先を掴んで、肩越しに振り返る。視線がかち合うと、遠くから眩暈がするようだ。
「それ以外でしたくなったら、どうするんだ?」
 挑発するように。ザックスの指を口に含ませ、上目遣いで見やる。明らかに動揺した様子でザックスは固まる。
 潤む瞳。上気した頬。ザックスを揺さぶるのに言葉なんて要らない。
「クラウドっ……ず、ずるい……!」
「ザックスが馬鹿なこと考えるからだろ」
「あーもうっ!」
 ぎゅっとクラウドの身体を抱き締め、辛抱出来ないという風に頬擦りする。
「俺が浅はかでした。ごめんなさい」
「……ん」
「それとは別に、キスしていい?」
 今度はクラウドが硬直する番だった。有無を云わさず、肩を掴むと強引に唇を奪う。挨拶のキスじゃない、情愛の証。唇が離れた隙に息を吸う。それすら塞ぐように、ザックスはクラウドをソファに横倒しさせる。
 上唇を半ば無理矢理に割り開いて、生暖かい舌が侵入してくる。吐息ごと攫って、躊躇うクラウドの舌を絡め取る。触れた途端、ぞくんと何かが背中を駆け抜けていく。歯列をなぞり、上顎の皮膚の弱い部分を舐め取り、溢れる唾液を吸う。クラウドは力なくザックスの背中に手を回し、ぎゅっと掴んだ。離れないように、力強く。求めるように、優しく。
 閉じた両脚に割り入って、腰を押し付ける。お互いがどんな状態か、嫌でも理解する。クラウドは息苦しさにザックスを引き剥がす。嬲られた舌がじんと痛い。
「……キスだけでこうなっちゃうんじゃ、おはようのキスは出来ないな」
「ザ、ザックスだって……!」
「云ったろ? キスしてる時のクラウド、可愛いんだ」
 薄く閉じた瞳が涙に滲む。下着越しに感じるザックスに戸惑う。
「なんていうか……餌をねだる小鳥みたいな?」
「なんだよそれ……」
「『キスして欲しい』って、目が云ってる」
 誘うように唇を薄く開くと、ザックスは承知とでもいうように舌を捻じ込んでくる。欲しい物を与えてくれる。嘘で誤魔化したりしないで、きちんと。
 左手が、シャツの上を滑り中に潜り込んでくる。指先は探り当てるような動きをして、クラウドの敏感な場所を目指す。引っ掻くように胸の先端を弄ぶ。声を出そうにも塞がれていて、ただ甘い呼気が鼻から漏れただけだ。
「ん……っ」
 硬くなった突起を摘み上げ、爪で跡をつける。擦り付けてくる下腹部がもどかしい。
「う……っは、ん……」
 震える。舌の先から唾液の糸を滴らせて、離れる。ザックスは意地悪く微笑むと、右手をそっとクラウドの半身に辿らせる。
「ほら、やっぱりキスが好きだろ?」
「知るか……っ」
「あー、そんな事いうと触って欲しいところ触らないぞ」
 下着を膨らませる雄の形をなぞるように握り、先端に人差し指を宛がう。胸元と雄を同時に刺激させると、クラウドからはくぐもった鳴き声しか聴こえなくなる。
「んぅ……っ、や、ソコ……っ」
 下着が濡れていくのが解る。ザックスの肩を力の限り握り締める。
「汚れる……、駄目……だ、ん……」
「じゃ、脱ごうか」
「や、ザックス……!」
 下着ごと膝まで降ろすと、ザックスは露わになった雄を視姦する。見られる視線にクラウドが身を捩ると、ザックスは逃がさないという風に腰を掴んだ。場所がソファの上でも気にせず、躊躇いなくそれを口に含んだ。ざらっとした舌が撫でると、先走りが脈を打って流れた。
「ザ……ックス、こんな……トコで、ハ、ん……」
「でも、我慢できないだろ? こんなに溢れて……零れてる」
「ザックス……」
「飲んでやるから、出していいよ」
 云って、丁寧にクラウドを舐め取る。さっきまで口の中を犯していたそれがまるで別の生き物のように、亀頭を嬲り筋を舐り窪みを責める。唇が行き来する度に切ない声が溢れる。
 伝う唾液が秘所まで汚し、頑なな蕾が解けそうだ。銜える花芯はそのままに、中指を入り口に挿入する。
「……っ、ふ、あぁ……っ、んっ……!」
 奥底の、弱いところを直接苛む指の動きにクラウドは涙する。前立腺と自身とを責め立てられて、悦楽の波に溺れそうだ。かろうじて自分の意思で動かせる腕を、ザックスの頭に乗せる。まるで催促するように、押し付ける。
 ザックスは指の数を更に増やすと、反転させてぐりぐりと捻じ込んだ。
「くっ……!」
 耐えられるはずがなかった。背中を丸めて、ザックスの口に吐精する。ザックスは喉の奥に放つそれを苦もなく飲み込んでみせて、ぺろっと舌を覗かせた。荒げる息を静めて、クラウドがそれを認める。
「……ちょっと薄いな。もしかして、俺の知らないところでシてた?」
「そ、そんな事……っ」
「俺だって我慢してたのに、酷いな……」
 俯くクラウドの頬を両手で挟んで、口付ける。ねっとりとしたキス。目尻から涙滴が落ちる。
「……ザックス」
「ん?」
「……キス、だけじゃなくて」
 ちょうどザックスの心臓の位置に手を当てて、見つめ返す。
「……欲しい」
「うん。俺も欲しい」
 何が、なんて無粋な事は要らない。ただ視線を合わせて、頷き合えば。
 ザックスはもどかしくも自身のズボンを脱ぎ捨て、クラウドにのしかかる。ソファが軋んで、クラウドの背中を飲み込む。
「痛かったら云って、な?」
「……平気……」
 ザックスがくれる痛みなら。クラウドが身構えると同時に、すでに丹念に解した秘所にザックスの雄が押し付けられる。体重をかけて、ゆっくりとそれはのめり込んでいく。抵抗なく受け入れるクラウドをにやりと見つめて、ザックスは力を込めて腰を打ち据えた。
「ひぁ……っ、は、あッ……、ん……」
 高々と膝を持ち上げて、幾度となく突き上げる。ザックスの先端が最奥の鋭敏な部位を擦り上げると、クラウドは顔をしかめて嗚咽を漏らす。喘ぐ隙間にザックスは遮るようなキスを降らす。
「くるしっ……ザックス……っは、んぅ……」
「クラウドのなか……すごい、熱い。風呂上りだから……?」
「ザックスが……熱い、から……」
 ザックスの背中に爪を立てながら、感じ取るのは彼の情熱。手繰り寄せて、ザックスの剥き出しの首筋に吸い付く。官能の印。所有の証。刻み付ける。
 強い。浅く、深く。時折休みながらも刻々と腰を打ち付ける動きは止めない。クラウドはただ息を途切れさせながら、懸命にザックスにしがみつく。ザックスの腹に自身が擦られて、達したばかりなのに暴発しそうだ。
 求めれば手の届く所にザックスの優しい顔がある。喜悦交じりの嬌声は、ザックスの激しい口付けに掻き消える。
「ザックス……ぅ、ん……」
「……っ」
 立ち昇る快感に思わずザックスを締め付ける。ザックスが眉をしかめると、弱々しい声を上げて果ててしまう。
「……ふ、ん……っ」
 遅れて、クラウドもまた絶頂を迎える。動くのを止めて、内部を犯すザックスの精を感じながらクラウドは大きく溜息をつく。
「……ザックス」
 愛しい名を呼ぶと、呼応するようにキスをくれる。
「……やっぱりクラウド、キス、好きだろ」
 ……嫌いじゃない。そう云おうとして留めた。照れた風を装って顔を背ける。本当の事なんていわなくていい。ただ、態度に示せば。
 返事の代わりにクラウドは、緩んだザックスの頬にキスをする。触れるだけの、優しい合図。
「……クラウドっ!」
「抱きつくな!……馬鹿」
 口ではそう云いつつも、背中に回した腕が嘘だと伝える。ザックスに気付かれないように、肩口に唇を寄せる。
 ──おはようのキスも、おやすみのキスも、ザックスじゃなきゃ嫌だ。
 いつでも、お前が隣にいること。
 息をするようにキスをすること。
 約束して。
「なぁクラウド。クラウドからキスしてくれたら、このままおとなしく寝るけど」
「……調子に乗るな」
 暗に『寝なくてもいい』と告げながら、クラウドは背を向ける。自室の扉を開けて、ザックスを一瞥する。
 それでも、ザックスは追いかけてその腕の中にクラウドを捕まえるだろう。解っているから。
 深い夜はこれから。ザックスが見ていない隙に唇を拭って、空に放つ。投げキッス。身体の内側に残る熱の温度に酔いしれながら、彼を待つ。
 更に満たされる時を。




   END
UP:2007-11-29