【HOLY NIGHT】



 ……聖夜は、神に赦しを請う為の日だから。
 生きて、お前の隣にいる事を。
 
 
 
 
 ザックスはブリーフィングルームの支給ポッドを確認して、ミッションの有無をチェックした。
 時は師走。社内は意味もなく忙しく動く社員で溢れ返っていた。何故人は追い込まれないと作業が進まないのであろうか。そんな世間のせせこましさに関わらず、各地の諍いは絶えない。ザックスとしては嬉しいような悲しいような複雑な心境だ。
「よう、ザックス!」
 後ろから声を掛けてきたのはお馴染みのカンセルだった。ザックスは、おう、と返事だけして、溜まりに溜まった仕事の処理をどう消化するか考えていた。
「おいおい、まさか休日までミッション受けるつもりかよ?」
「うーん、年内に片付けておこうかと思って……」
「神羅の鑑だな。でも、クリスマスくらいは空けておけよ」
「クリスマス?」
 無邪気に肩を叩くカンセルを思わず見返して、呟く。
「……まさか、忘れていたなんて事はないよな? もうすぐだぞ?」
「……忘れてた。ちょ、どうしよう!」
 入力を終えてから、ザックスは慌てふためく。今更キャンセルなんて出来ない。ザックスは青ざめて、ミッションリストとカンセルの顔を交互に見た。
「『行事大好き男』のお前が、クリスマスを忘れるなんてな……」
「あああああ、どうしよう、クラウドに怒られる!」
 喚いた所でどうしようもないのだが、真っ先に浮かんだのがクラウドの膨れ顔だった。
「意外だな。女の名前が出てくると思ったのにな。約束でもしてたのか?」
「いや、してないけど……」
 ふと我に返って、ザックスは思い返す。
 たった一人。一緒にクリスマスを過ごしたい相手といえば、彼しか思いつかなかった。
 だけど、約束なんてしていない。いつだってそうだ。逢いたい時はザックスから。メールも電話も寄越さない。誘う事はあっても誘われる事はない。……そんな、細い糸で繋がっているような関係だ。
 ──二人でいる時だけは、求めてくれるけれど。それだって、強制しているようなもので。
 ザックスはうな垂れる。
 クリスマスに逢いたいなんて云ったら、あいつはどんな顔をするだろう。
 こんな一方的な思いで、聖夜を祝うなんて出来ない。
「……ま、受けちまったものは仕方ないか」
 少し残念な気持ちで呟いて、ザックスはミッションを受ける事にした。……どうせ約束している訳ではないのだから。クリスマスを何処でどんな風に過ごそうがどうでもいい。
 そう。どうでもいい。
 手続きが済むとザックスはカンセルに別れを告げてビルを後にした。自暴自棄に近い感情で、ザックスは拳を握り締めた。
 ……もし神とやらがいるとしたら、それは自分には遠い存在だ。届かない想いは胸に閉まったままで。クラウドはきっと知らない。自分がこんなにも激情を抱いている事を。
 どれだけ祈れば心は触れ合えるのだろう。
 俺たちに、愛はあるのだろうか?
 
 
 
 
 人もまばらなロッカー室。時間はとうに夜と呼べる領域に突入していた。クラウドはいそいそと着替え、今日の夕飯の心配をしていた。当番で演習用の武器の手入れをしていたせいで、遅くなってしまった。
 暖房なんて気の利いたものなどない室内で、息は白く立ち昇る。ほんの数日前まではこんな時間でも外はまだ明るかった。こんな小さな事で季節を身に染みて感じるとは。クラウドは上着を羽織って身を縮こませた。
「……でさ、アイツのその時のカオっといったら……」
「……この後どうする? いつもの店に行くか?」
 背後には同じように雑務で残業した他の男たちが、世間話をしながら着替えをしている。
「そういえば、クリスマスはどうするんだ?」
「あぁ、そういえばそうだな」
 その言葉にクラウドはハッと顔を上げた。クリスマス。神の息子の生誕日。今まで行事なんて大して興味を抱かなかったはずなのに、妙にそわそわすると思えばそんな時期なのか。
「俺は休暇を取ったからな。家族と過ごすさ」
「いいなー。俺はフられたばっかりだからなー」
 上着を掴む手に力が入る。皆、思い思いのクリスマスを過ごすのだろう。思えば、訓練中も任務中も周囲がやたらざわめいていた。ただ年の瀬だから、という訳ではなかったらしい。こんな時、教えてくれる親しい友人がいないのは少し寂しかったりもする。クラウドはそっと溜息をついてみせた。
 クラウドはお先に失礼します、と一礼してロッカー室を出た。歩む廊下は更にしんと冷えて、心まで竦ませる。
 クリスマスくらい、休暇でも取ろうか。ふとポケットからシフト表を取り出して、チェックしてみる。急な任務が入らない限りは、きっと休めるはずだ。
 ……そういえば、アイツは。
 よぎる顔は、見慣れた彼のもので。クラウドは人知れず赤面してみる。ザックスはこういう行事には目敏いから、きっと前々から準備しているかもしれない。忘れていたクラウドが異常なのだから。
 何も、約束はしていないけれど、きっと。
 いつもなら通り過ぎる街のネオン。ふと見上げると赤と金と緑に彩られている。ここぞとばかりにクリスマスを強調するディスプレイに、心が躍る。
「クリスマス、か……」
 神に愛されし人々が集いし日。
 ──神なんて、信じていないけれど。
 故郷を離れてから幾年。祝い事にとことん疎くなっている。かといって帰郷する気は起きないのだが。
「……ん?」
 クラウドは明かりに導かれて、一軒の雑貨屋に足を踏み入れる。女性店員の甲高い挨拶。店内もここぞとばかりにクリスマスカラーに染まって、今まで気付かなかった自分が馬鹿らしく思える。
 心なしか、店内にカップルが多く見受けられるのは何故だろう。居心地が悪くなって、クラウドはざっと見て帰ろうかと踵を返す。
 そんなクラウドの目に飛び込んできたのは…… 
「……」
 思わずクラウドは『それ』を手にする。
「いらっしゃいませー。お客さん、それが気に入りましたかー?」
「っ……!」
 背後から声を投げかけられて、クラウドは身体ごと仰け反った。ツインテールの丸っこい女店員が、目をキラキラさせながらクラウドと商品とを見比べる。
「それ、今人気なんですよー。今日入荷したばっかりなんですぅー」
「……本当に?」
「はいですー。お客さん、好きな人とかいますかー?」
「なっ……!」
「恋人へのプレゼントにおひとつ、いかがですかー? きっと喜びますよー?」
「こいびとなんて……いないから……っ」
 つい口に出してから、はたと気が付いた。恋人……なんて、いないんだ。クラウドはなんだかがっくりと肩を落としそうになる。
 ……ザックスは、コイビトじゃない。そんな風に見てはいけない相手だから。
 もっと、尊い人だから。うんと、大事にしたい人。
 ちらっと脳裏にザックスのほころんだ表情が蘇る。その笑顔が眩しくて、近寄りがたい。
 追うのは背中。しがみつくのは彼の残像。
 傍にいる事が罪なような。
「……コレ、包んでくれますか?」
 だけど。クラウドはにこにこと笑顔を振りまく店員に、棚を指差して答えた。
 クリスマスプレゼントくらいあげても、罰は当たらないよな?
 喜ぶ顔なんて期待していない。ただ、思いつきだから。……トモダチにあげる、それだけだから。
 カウンターに案内され、見る見るうちにプレゼント仕様に変身していく商品をあっけに取られながら見守る。リボンは青で。そんな風に応えながら。
「……!」
 その時、ポケットに入れていた携帯が軽快なメロディを奏でた。クラウドはあわてて携帯電話を引っ張り出して、人目の少ない棚の影に移動した。
 相手を確認して、ぐっと息を詰まらせる。……こんなタイミングで。
「ザックス……?」
『……クラウド? 俺おれ』
 声だけで、心がほっとするのが解った。ザックスの、少し緊張したような声。
「どうしたの?」
『いや、あのさ……一応報告というか』
「?」
 いつも彼らしくない歯切れの悪さ。後ろの方で、包装をお待ちのお客様、と呼ぶ声がする。
「どうしたんだよ」
『……いやさ。悪い、しばらく任務で……年内、逢えないかもしれないから』
「……え?」
 逢えないかもしれないから。最後のフレーズだけ頭の中で繰り返された。クラウドはカウンターに視線を移す。
 赤い包装紙に包まれた箱。
「ね、年内って……そんなに忙しいのか?」
『仕事、結構溜めちゃっててさ。アレだろ? どうせクラウドも任務とかだろ?』
「……たぶん」
『それならいいか。悪い、今移動中なんだ。しばらく連絡できないけど……ごめんな』
 がつんと頭を揺さぶられたように目の前がクラクラする。突然の事で、思考回路がついていけない。
 わかるのは、「クリスマスには一緒にいられない」という、現実。
 クラウドは軽く相槌を打つだけで、うまく言葉に出来なかった。空返事のまま電話を切って、呆然と手の中の携帯を見つめるだけだった。
「お客様ー?」
「あっ……すみません」
 白い手提げ袋に入ったラッピング済みのそれを受け取って、もやもやした気分のまま店を出る。
 渡せない贈り物。クラウドは今にも泣き出しそうな気持ちで夜空を見上げる。
 手には届かなくても、星はそこで輝いているのに。
 残されたプレゼントと、自身とが押し潰されそうだ。頭では理解しようと諭すけれど、感情がついていかない。
 クラウドはぐっと拳を握り、堪える。凝らした瞳には夜風は痛くて、癒すようにそっと目蓋を閉じた。
 
 
 
 
 手負いのウータイ兵を追いかけて、二度と立ち上がらないように腹に一発拳を入れる。戦闘では使わなかった剣を背負い直してザックスは、残りの敵兵がいないか辺りを見回す。残党狩り。決して楽な仕事ではない。世界中で反乱を起こす邪魔な芽は、小さな内に摘まなければ。神羅の仇となる前に。
 今ので最後だったようだ。携帯でミッションの完了を知らせて、殺風景な建物の中を出口に向かって歩いていく。
「……明日、か」
 クリスマスも目前。ザックスは次のミッションを確認しながら、時計表示を眺めた。
 クラウドに電話で報告してから一週間。任務は順調にこなしている。ここぞとばかりに本社は些細な任務まで押し付けてくる。
 逢えない寂しさを紛らわすにはちょうどいい。
 ……逢えない、と告げた時のクラウドは酷く冷静だった。やはり慕っているのはこちらだけで、気持ちは通じていない。落胆しそうになる頬を叩いて引き締めて、ザックスは走り出す。出口の外では付き添いの兵士たちが、次の場所まで送り届けるためにヘリで待機している。
「……くそっ!」
 建物の外はもう夕方で、地平線の向こうでは太陽がその姿を半分まで隠して地に溶けていた。今日は近くの村で一晩を明かす事になった。
「やっぱり、ザックスさんは仕事が早いですね。俺たちも安心して任せられますよ」
 同乗した兵士の一人が話しかけてくる。まんざらじゃない様子でザックスは胸を張る。
「まぁ、あれぐらいの相手だったら俺の敵じゃないな」
「頼もしいですよ。俺ら、間近でソルジャーの戦いが見れるって云うから志願したようなもんだし」
「ハハ、そいつは嬉しいな」
 すると、助手席で話を聞いていたもう一人の兵士が身を乗り出してくる。
「そういえばザックスさん、俺たちの仲間でクラウドってヤツ知ってますか?」
「……ん? 知ってるけど……」
 こんなところでクラウドの名前を耳にするとは思わなかった。ザックスは内心焦りつつ適当にうなづく。
「アイツ、凄いソルジャーファンで。ザックスさんの事も云ってましたよ。クラウドと仲がいいんでしょう? ザックスさんって」
「……マジ?」
「あ、でも、本命はセフィロスさんらしいですけど」
 その一言でがつんとやられた。鈍器で殴られたような衝撃が襲う。
「……本命、って」
「アイツ、セフィロスさんを目指して兵士に志願したって云ってたし。なぁ?」
「そうそう」
 いくらザックスだって、英雄と同列に語られることはないと解っていても、ショックが大きすぎる。
 やっぱり、自分の気持ちはクラウドに届いていない。思い知る。
 この手を伸ばしてもすり抜ける、星の光のように。地上に満遍なく降り注ぐのに、決して手に入らない。
 もう、温もりも思い出せない。
「あ、もうすぐ着きますよ」
 目的地の村に近付く。ザックスは苛立ちを隠せずに足を組み替えた。
 もう、クラウドの事は考えないようにしよう。そうすれば、見たくないものは見なくて済むから。
 そうして心に蓋をしてしまおう。
 傷つかないように。
 窓の外は夕闇に塗れて、濃い蒼が空を覆い尽くしていた。月のない夜。ザックスは不愉快な気持ちに負けて、空から目を逸らした。
 
 
 
 
 『連絡はできない』という公言通り、クラウドの元にはザックスからメールの一通もないままクリスマスが近付いていた。買ったプレゼントは陽の目も見ないまま部屋の片隅に置かれている。
 今日も雑務に追われる一日が終わり、人気のない自室に戻る。出来合いの夕飯を買って済まして、無造作に置いた携帯のサブディスプレイを見つめた。
 着信がない事を知っているのに。
「……馬鹿」
 テーブルに突っ伏して、指先でつついてみる。
 何度夢に見ただろう。……クリスマス当日に元気な姿と悪戯っぽい笑みを携えて、ケーキを持って現れるザックスの姿。一応は怒ってみせてから、その頬に口付ける。幸せな一夜を。
「……ザックス」
 胸にぽっかり穴が空いている。埋めてくれるのは、ザックスだけなのに。
 窓の外は真っ暗で、色を無くした世界はまるで自身の心のようで。クラウドは今度こそ涙を二粒零した。視界が濁ってうまく物が見えない。心の中に確かにあったザックスへの気持ちも、真っ暗に塗り潰されていく。
 ……きっと手に入らないから欲しくなっただけだ。子供の我侭だ。それでも。
 今傍にいて欲しいのは間違いなくザックスだけなんだ。
 どうしたらいい? クラウドは携帯を胸元に抱き締めて小さく震える。
 云えない。『逢いたい』なんて、口に出せない。
 なのに、求めてしまう心は静まらないんだ。
 こんな事は今までなかった。任務なら、黙って見送っていた。そうやって自分の気持ちを見ない振りしていた。
 クラウドはそっと携帯を開いて、涙目になりながらアドレスを探る。
 何度も書いては消したメールの文面。
 ──逢いたい、と、ただ一言。
 届かなくてもいい。無視されてもいい。
 外は今にも降り出しそうに、冷たい空気を孕んでいる。初めて逢ったあの雪山を覚えている。知らずに意気投合した、あの瞬間を。
 送信完了の文字。クラウドは祈るように携帯を握り締め、空を睨んだ。民に愛されし神よ、どうか願いを。
 聖なる夜だから、どうか。
 
 
 
 
「えー、ソルジャーってもっとお堅い人ばっかりだと思ってた」
「そんな事ないって。ソルジャーにも色々いるんだよ」
 ザックスはそう云って相手の肩を抱く。相手は慣れている様子で身を引いて、さり気なくかわす。
 村に唯一の宿屋は一階が食堂になっていて、ザックスは片っ端から女の子を口説き倒している。物珍しそうに近付いてくる女の子たちは、しかしガードが固い。七戦七敗の結果にザックスは肩を落としてテーブルに沈み込んだ。
 年寄りや大人の男たちは「神羅」というだけで警戒し、眉を顰めている。ザックスのいるテーブルだけ妙に浮いている気がするのは気のせいか。
 ザックスは面白くなくて、散歩してくると云って宿屋を出た。小さな村だけあって、外は誰も歩いていない。どの家も固く門戸を閉ざし、人の出入りを禁じているようだ。
 ここは比較的南の気候なだけあって、クリスマスという行事はあまり意識していないようだ。今のザックスにはちょうどいい。今だけは忘れていたいから。
 穏やかな夜風が通り過ぎていく。冬なのに上着を着ないで歩いていられるのは、心地いい。
「……俺らしくないな」
 女の子に振られるくらいなら何とも思わないのに。何故クラウド相手には脆くなってしまうのだろう。
 自身の弱さを知らされる。
 皆が憧れる英雄になるなんて、遠い夢のように感じる。
「……逢いたいな」
 ほんの数日逢わなかっただけなのに、もう何年も独りでいるような寂しさ。
 切ない。
 ザックスは思わず空を見上げた。俯いては負けだから。せめて今だけは前を向いて歩かなければ。
 その刹那。
「うぉっ!」
 携帯の着信音。メールが届く合図。ザックスは立ち止まってポケットから携帯を取り出して、ディスプレイを覗き込んだ。
 相手は。
「……クラウド」
 ほんの短い一言。
 ザックスは肩を震わせる。
 ──『逢いたい』。
「……俺は」
 何をしていたんだろう。ザックスは地面を蹴って走り出した。宿屋で待機している兵士たちに、頼まなければいけない。
 何故気付かなかったのだろう。自分から滅多に連絡してこないクラウドに、メールを送らせてしまうような態度を取って。寂しいと感じていたのは、自分だけじゃないという事に。
 どうして信じてやれなかったのだろう。気持ちならいつだって通じていたのに。逢えない夜は心苦しくて、温もりが恋しくなる。
 『傍にいたい』という事は、罪じゃない。自然な要求だと、愚かな自分は心の奥底に隠していたのだ。
「……悪い! 今すぐジュノンに飛んでくれ!」
 食堂の扉を開けたと同時に叫ぶ。
 待っているんだ、クラウドが。
 何がなんだか解らない兵士たちは、顔を見合わせた後やれやれという風に肩を竦めた。ソルジャーの我侭に振り回される不幸な一般兵の顔をして。
 ごめん、クラウド。
 届いていないなら、伝えるから。気付かないなら、与えるから。
 だから、待っていて。
 必ず、帰るから。ザックスは決意を固めた表情で、揺るがない空を見上げた。
 
 
 
 
 ──目が覚めたらもう、世界は白に染まっていた。クラウドは眩しそうにカーテンを開けて下界を見下ろす。一晩の内に雪は降り始めて、すっかり地面を隠してしまっていた。
 頭痛が止まない。昨晩泣いたせいでもあるけれど、急激な温度変化に身体がついていけない結果だった。要するに風邪だ。相変わらずやわなカラダだと、自戒する。
 どうせ今日は仕事にならないから、休んでしまおう。携帯を取り出すと、着信履歴に見慣れた名前が残っている事に気付く。
 ザックス。
 昨日の内に連絡をくれたのだろう。留守電には何もメッセージは残されていなかった。
 あんなメールを出して。クラウドは恥ずかしさに一気に顔を赤らめる。本人が目の前にいないのなら素直に求められるのに。
 だけど涙に流した分、少しだけ楽になった気がする。胸につかえていた何かが落ちたように。
 事務的に休む事を会社に伝えて、クラウドはベッドにもう一度入った。カーテンはそのままに、降り積もる雪を眺める。
 ホワイトクリスマス。
 小さい頃を思い出す。雪の日。窓の外で遊ぶ他の子供たちをよそ目に、雪の結晶を覗いて時間を過ごしていたあの日。
 独りは慣れている。
 だから……大丈夫。
 雪の降る日はしんと静まり返って、まるで世界は死んだようだ。クラウドは眠い目を擦って天井に手を伸ばす。
 何かに縋るように。
 ……ザックス。
「逢いたい……よ」
 クラウドはガバっと布団を捲り上げ、上着も着ずに玄関のドアを開ける。廊下を走り抜けて、一目散に外を目指す。
 兵舎の外はすでに踏み荒らされて、土と雪が混ぜ返されていた。クラウドはいてもたってもいられず、周りも見ずに駆け出した。
 何処にいけば逢えるだろうか。そんな事は解らないままにただ、走る。目的地もない、目指すのはザックスの笑顔。
 ──神様。たった一度の聖なる日。
 アイツの傍にいたいだけなんだ。
 街は白く、そして冷たく反射する。吹雪く空にクラウドは天地が解らなくなって、思わずその場にしゃがみ込んだ。熱が上がったかもしれない。それでも、立ち上がる。
「ザックス……!」
 本社に行けば、きっとザックスの居場所が解る。ここからミッドガルまで、どれ程の距離があるだろう。雪の中、埋まりそうな足元に気を取られながら歩く。
 眩む視界。
 足を捕られて倒れ込む。
「あっ……!」
 雪塗れになって起き上がると、道の向こうに見知った顔がいた。
 こんな時、最悪のタイミングで。
「クラウド……!」
 相手はザックス本人だ。荒げる息を静めて唇を動かそうとして、かじかんでうまく出来ない。傘も差さずにお互いに往来で顔を見合わせて、車の来ないのを見計らって駆け出す。 
「なんで、ここに……!」
「俺のセリフだ! ていうか、バカ! なんて格好だよ! 風邪引くだろーがっ!」
 雪の被る頭を払って、ザックスがクラウドを抱き締めた。夢に続きのように、それはとても遠いところで感じられた。
 温もりが懐かしい。
「なんで……仕事は?」
「知るかっ!……いいか、もう『逢いたい』なんて云わせない。いつだって傍にいてやる。だから……」
 ザックスはそれまでぎゅっと胸元に押し付けていたクラウドを離した。
「だから……泣くなよ」
 クラウドは云われてからハッと気付く。知らない間に涙が頬を伝っている。邂逅の喜びに、胸が震える。
「これは……そのっ……!」
「今日は神に祈る日かもしれない。だけど、俺が祈るのは」
 躊躇いがちに言葉を切って、ザックスはクラウドの耳元に唇を寄せる。
「お前の隣にいる事、だから」
 そしてキスをする。
 クラウドは堪らずザックスの背中にしがみついた。人前だろうがなんだろうが、声を上げて泣き出す。芯まで冷えた身体が、ザックスの熱を貰って温まる。
 それだけ重かったんだ。ザックスも離したくないというようにクラウドをしっかりと抱き寄せる。
「ごめん、クラウド。遅くなった」
「……俺こそ、逢いたいなんて……」
「クラウドの気持ち、ちゃんと解ってなかった。俺はバカだ。云われるまで気付かないなんて……」
 それはクラウドだって同じだ。口にするまで解らなかった、本当の気持ち。
 いつもならそっぽを向いて誤魔化してしまう想い。
 『ザックスが好き』だと云う気持ち。
「……帰ろう。このままじゃ本当に風邪引いちまう……って、クラウドお前……!」
「えっ……」
「すでに熱あるじゃねーか!」
 ザックスが問答無用で額に手を当てる。薄着で外に出て彷徨っていれば、当然ともいえる。
「ダメだ。目を離すと何があるかわからない、お前は」
「なんだよ……」
「帰るぞ。風邪が治るまで傍にいるから」
「治るまで……?」
「う……治っても、だ!」
 二人指先を重ねて、無地の歩道を歩き出す。さっきまで心に降っていた雪はキスで溶けた。クラウドはようやく微笑んでみせた。
 雪は何処まででも降り積もる。
 それでも、この手の温もりが信じられる間は。
 クラウドは、いつあのプレゼントを渡そうか思いを巡らせる。その時ザックスはどんな顔をするのだろうか。きっと夢で見たように優しく優しく微笑んで、そして抱き締めてくれる。
 
 
 
 
 ──その夜の二人はいつもより長く、溶け合うかのように強く抱き合った。剥き出しの本能を解放するように。我慢していた時間を埋めるように。
 気が付くと二人とも、目が合った。目を逸らしたら終わりのような気さえしたから。
 吐息が絡み合う。
 喘ぐ、悦びに。
 手を伸ばすとザックスが応えてくれる。もっと深く、繋がる事が出来たなら。
「メリークリスマス、クラウド」
「……メリークリスマス」
 それは夢のように甘い幻。
 だけど、重ねた掌が教えてくれる。
 ……愛していると、それだけ。
 
 
 
 
 ちなみに、クラウドセレクトのプレゼントは。
「……『妖精・ロドリゲスの幸せになるペンダント』? なんだコレ」
「人気があるんだって」
「ふむふむ……えーと、『洗面器に水を入れて月を写して、好きな人に願いを込めます。すると妖精・ロドリゲスが貴方の願いを叶えます』……おい、クラウド。こんなのがお前の趣味なのか?」
「とりあえず、つけておいて損はないと思う。た、ぶん」
「……やっぱりお前は目が離せないよ、本当」
 やはり何処かずれている。それが楽しくて愛しくて、目で追う事を止められない。
 手を握って、ちゃんと歩いていこう。雪に残る足跡のように、ずっと続いていくから。





   END
UP:2007-12-24