【瞳をとじて】



 ねぇ、
 ──手を伸ばして、抱き締めて、それから?
 
 
 
 
 遠くで虫の鳴く声がしている。ふと見上げれば、今にも零れ落ちてきそうな星の篝火。肌を焼き尽くすような昼間の熱はどこかへ消え失せて、穏やかに風が流れる。昼と夜とで気温差が違う。今は肌寒いくらいだ。
 クラウドは命じられていた武器の手入れを終えて、汗を拭う。準備にもたついたせいで陽はすっかり暮れてしまい、代わりに薄く紅く色付いた月が雲の切れ目に顔を覗かせる。仕事中でなければ自然の声に耳を傾けるのも悪くはないが、やるべき事がある以上のんびりと構えていられない。
 今はミッションの前で、ミッドガルより南に遠征に来ている。明日の朝にはソルジャーと数名の兵士たちで反乱軍の本拠地に踏み込む予定だ。前日からキャンプを築いて戦いに備えるという事は、神羅にとって大事なミッションだ。気は引き締めていかなければいけない。
「……こんなもんか」
 作戦自体は初めてでもないし嫌な緊張もない。だけど、胸がざわついて仕方がない。
 ……出来る事と云えばこうして武器の手入れや補給だけで。本番になればきっと役に立たない。
 それが解り切っているから悔しくて、もどかしくて、切ない。クラウドは道具を片付けてテントに向かう。
「クラウド、そっちは終わったのか」
 中に入ると、今回の作戦の要になるソルジャー──ザックスがのほほんとくつろいでいた。
「うん……じゃない、はい!」
 思わずタメ口になるのを抑えて、クラウドは姿勢を正した。ザックスは小さく吹き出した。
「そんなかしこまらなくてもいいのに」
 ザックスは云うが、そんな訳にはいかない。ただでさえソルジャーと仲がいいと冷やかす輩が多いのに。身分不相応なのだと、クラウドは自覚する。
 何も知らないような顔をして。その場にいた他のメンバーに道具を手渡すと、遅い食事を取る。
 別にザックスに悪気はないのだろうけど。見知った顔が傍にいるだけでなんだか落ち着かない。
 調子が狂うんだ。アイツがいると──
「頼りにしてるからな」
 去り際にぽんっと後頭部を軽く叩いて、ザックスが云う。プレッシャー。クラウドは複雑な思いで口の中のシチューを噛み締める。
「……クラウドって凄いよなー。あのザックスと対等に話せるなんてな」
「どうやって取り入ったんだか。大人しいカオしてよくやるよな」
 噂話。わざと聴こえる音量で。クラウドはスプーンを取り落としそうになって何とか留めた。
 やっぱり、他人の眼にはそういう風に映るのか。落ち零れの一般兵と、向かう所敵なしのソルジャー・クラス1st。
 後ろ向きな考えは前に進もうとする足を止める。ザックスに格好悪いところは見せたくない。足手まといにはなりたくない。強く、つよく。そればかり想う。
 ──彼の隣にいても恥ずかしくないように。誰にも文句を云われないように。
 そんな理由で仕事に挑む自分は不純だろうか?
 食事を早々に終えて、外の空気を吸いにテントを出る。
 こんな時に見る星空は眩しくて、とても直視出来ない。小さな光。無数に瞬く。息をするように、そっと。地上の暗闇を払う。
 手を伸ばしたら届きそうな距離に。
 近くに。
 いるのに。
「……クラウド?」
「うわっ!」
 突然の呼びかけにビクっとして振り返ると、心配そうに見つめるザックスが立っていた。
「驚かせて悪い。外出るの見かけたから……大丈夫か?」
「あぁ……うん……」
 『大丈夫か』と問われて、他に返答のしようがない。静まらない心臓を右手で押さえて無理にうなづく。
「なんか、一人で武器の整備とかやらせて悪かったな」
「いや……俺が命じられたんだから」
「そうか。そうだけど……」
 まともに顔なんて見れない。……胸が痛い。
 視線を合わせようとしないクラウドの顔を覗き込むように、ザックスが手を伸ばす。
「さっ……触るな!」
 咄嗟にその手を払いのける。お互いに驚いて、息を飲む。一瞬の沈黙。
「ご、ごめん……っ」
 どうしていいかわからず、クラウドはその場を逃げるように走り去る。追って来ない事を少し残念に思いながら、テントに飛び込む。様子のおかしいクラウドに訝しがりながらも、誰も声を掛けてこない。当然の事なのに、今は苦しい。
 ──ザックス。アンタはそうやって誰にも優しいけれど。
 クラウドは唇を噛み締める。
 弱い俺には、ザックスはあの天に輝く宵の明星のよう。 
 近くて、遠い。
 手に届きそうで、絶対に届かないんだ。
「おい、クラウド」
 慌てて顔を上げる。声を掛けてきたのは、慰める様子などない目つきのキツい上官の一人だ。
「武器の整備はきちんと済んだんだろうな」
「はい」
「報告はきちんとしろ。二度は云わん」
「……はい」
 周りの奴らがニヤニヤと眺めているのを背中で感じながら頭を下げる。気を利かせて誰かが報告したと思っていた。うかつだった。
「あぁ、それから、今日はお前は外で寝ろ。寝床が足りないらしい。報告が遅れた罰だ」
「え……?」
「『え?』じゃない。きちんと返事をしろ。野宿くらいどうってことないだろ」
「は、はい!」
 寝床が足りないなんて話は聞いた事がない。雑魚寝ならわかるが、あまりの差別化にクラウドは悔しさが表情に出そうになる。
 大した事じゃない。こんな事で傷付いてられない。だけど。
 拳を握り締め、軽く俯く。
「──俺の寝床を使えばいいだろ」
 そのうなだれた頭に手を置いて、助け舟を出したのは。クラウドはハッと顔を上げる。
「ザックス! しかし、ソルジャーの貴方がそんな……」
「俺一人の為に、テント一つ使えっていうのがそもそも間違いなんだ。お前らはなんだかんだ云って、ソルジャーを丁重に扱い過ぎなんだ。なんだったら、俺が外で寝てもいいんだぞ?」
「そんな訳にはいきません!」
「クラウドだって、明日の作戦には大事な戦力だ。風邪でも引かれちゃ困る」
 それはひいきでもなく庇うつもりでもなく、はっきりと強い調子で主張された。ソルジャーの発言に口出し出来る者はここにはいない。今度は上官の方が悔しさに顔を歪ませる番だった。ザックスは反論がない事を悟るとクラウドの手を引いてその場を後にする。クラウドが我に返って繋がれた手に視線を落とす頃には、ザックス専用のテントに連れ込まれた後だった。
「ザックス……! じゃなくて、あの……」
「悪い。我慢出来なくて。俺、あぁいういじめみたいなの嫌いなんだ」
 そうじゃなくて。クラウドは反論しようとして出来なかった。
 まるで、ヒーローのように。
 少し格好良すぎじゃないか?
「あいつら、ソルジャーに気を使う振りして、さりげなくプレッシャー掛けるから」
「え?」
「『勝って当然』『強くて当たり前』……まるで化け物を見るような眼でさ」
「……ザックスでも、プレッシャー感じるんだ」
 『ソルジャー・クラス1st』の、本音。
 考えた事もなかった。クラウドは改めてザックスの蒼い瞳を見返した。
 一介の兵士と比べるにはあまりに違いすぎる多大な期待と責任。
 いつだって気が抜けない。勝ち続けなければ存在意義すら危うくなる。
 たたかう為に生きている。
 ──不意にクラウドの頬を熱い物が流れる。
「ちょ、クラウド……! え、どうしたんだよ! なんで泣くんだよ!」
「……ごめん……。ごめん、俺……」
 自分の意思とは反対に、溢れ出る涙は止まらない。制服の裾で拭いながら、俯く。
「ごめん……っ」
 ──嬉しかったんだ、助けてくれて。
 弱い自分に嫌悪しながら、それでも。
 心のどこかで頑なに願っていたんだ。
 ザックスならきっと認めてくれると。
 隣にいてもいいと、笑いかけてくれる。手の届かない星なんかじゃない、ただのザックスだと云う事を教えてくれる。
 罰の悪そうに頭を掻きながら、ザックスは溜息をつく。
「なんだよ、俺が泣かしたみたいじゃないか……」
「ちがっ……」
 慌てて目元を擦り上げて、何でもなかったように無表情を装う。
「うん、クラウドはそうでなくちゃな」
「……馬鹿」
 前髪をくしゃっと掻き混ぜられて、クラウドは拗ねたように呟く。
「それより、俺はそろそろ寝るけど」
 云われて、クラウドはハッと今置かれている状況に気付く。二人で寝るには逆に広いくらいのテントに、二人きり。
「お、俺は外で寝る……!」
「そんな警戒しなくても、何もしないって」
「……本当に?」
 沈黙。
「なんで黙るんだよ!」
「いや、大丈夫。本当に何もしないって。……自信はないけど」
 見直したすぐ傍からコレだ。クラウドはテントの隅っこで膝を抱える。
「俺はここでいい」
「本当に何もしないってば」
「いいから、勝手に寝ろよ。俺はここで充分だから!」
「……せめて、毛布くらい使えよ。云ったろ? 風邪引かれたら困るって」
 ぱさっとしわくちゃの毛布を投げて寄越す。
「いいよ、ザックス使えよ」
「俺は鍛えてるから平気」
「いいってば!」
「泣かしちゃったお詫びだと思えよ。おやすみ」
 そう云ってザックスはごろんとクラウドに背を向けて寝そべる。毛布を掴んだまま3秒だけ考えて、クラウドはその背中に掛ける。毛布の端と端にくるまって、互いの距離は離れたまま背中合わせに寝る。
「信用ないな……ま、いいか」
 ザックスが苦笑を織り交ぜながら、毛布を肩まで被せた。
 一緒に寝るなんて珍しい事じゃないのに、何故か戦闘中よりも緊張してしまう。クラウドは何とか眠ろうと目を瞑る。テントの外には人の気配。虫の声。ザックスの、規則正しい呼吸。意識しないようにすればするだけ気になってしまう。自分で自分を抱き締めるようにして、クラウドは身を縮めた。
「……クラウド?」
 ザックスが動く。
「寒いのか……?」
 勘違いされたのか、囁く。思い切り首を振って否定する。
「大丈夫……平気」
「クラウド」
 バサ、っと毛布を頭から掛けて、ザックスは背中から抱き締めてくる。逃がさないとでもいうように、つよく。
「ザッ……ザックス!」
「大声出すな。バレたらどうするんだ」
「だったら……離せよっ」
 破裂寸前の心臓を押さえて、クラウドが小さく抗議する。ザックスは解く気もなく、ますます腕の力を強めた。
「じゃ、俺が寒いって云ったら?」
「……嘘つき」
 鍛えてるなんて云ったくせに。抱き止められて身動きが取れない。暖かい。ザックスの温もりに思わず酔いしれる。
 何故だろう。ザックスに抱き締められると、不安な気持ちはどこかへ飛んでいってしまう気がする。
 すごく心地よくて、気持ちがいい。世界に二人きりしかいないようなたゆたう感覚。
 不思議だ。
 そこまで考えて、クラウドは流されている自分に歯止めを効かせる。
「何もしないって云っただろ……!」
「何もしてないだろ?」
「ずるい……っ」
「黙って」
 手でクラウドの口を塞ぐ。卑怯すぎる。布一枚隔てた外には他の兵士たちがまだうろついているのに。心臓が破裂しそう。
 全部、見透かされている。
「くるしいよ……」
 唇を動かすとザックスは、少しだけ指先をずらした。唇を撫でるその仕草がくすぐったくて、小さく息を漏らす。
「……ん?」
 もう一度、明確な意思を持って撫でる。クラウドの反応を面白がるように、次第に口の中に指を滑り込ませる。嫌だ、と首を振ることすら出来ない。指先が舌を弄ぶ。唾液塗れになる人差し指に、無意識に吸い付く。まるで子供がするようにしゃぶり付く。
「ふ……、ん……っ、ん……あ、んぅ……」
「そんなにしたら……我慢出来なくなるだろ」
 ザックスが意地悪く指を引き抜く。
「……ザックスが、変なこと、するからだろ……」
「本当に、俺のせい……?」
 ザックスが触れる度、電撃が身体を貫くような衝撃が走る。……駄目だって解ってるのに。こころが拒絶出来ない。
 もっと……もっと。クラウドは身を捻り向かい合う。鼻先にザックスの吐息を感じて、目を閉じる。
 お願い。言葉にならないから、祈る。
 僅かに触れるだけの、キス。……ひとつ、ふたつ、みっつ。次第にそれは熱を帯び始め、どちらともなく舌を絡め合う。くぐもった吐息と、まとわりつく唾液の音がテント内に響く。顔が近くにあるせいかいつもよりリアルに聴こえる。外に漏れたら……そんな思考は柔らかな粘膜に嬲られて消え入りそうになる。
「んっ……」
 どうしよう。重なる唇。熱い。脳天まで痺れるような、眩暈。クラウドは無意識の内にザックスの背中にしがみついていた。ただ与えられるだけの、短いキス。止められない。どうしよう?
 欲しくなる。繋がりを、触れ合いを、更に求めてしまう。いけないと解ってるのに。
「……ダメ……っ、人がいるのに……」
「こんな状況で、我慢しろっていうのかよ?」
「だって……あっ」
 ザックスの太股がクラウドの脚を割って、より顕著になった股間に押し付けられる。
「……ホラ」
「だ、だって……」
 隠せない。興奮してる。慣れない場所だから? 違う、そうじゃなくて。
 ザックスとこんなにも近くにいられる事が嬉しいんだ。
 手を伸ばせば届く距離にいるから。
 こんなにも愛おしいんだ。
「ザックス、も……大きくなってる」
「……仕方ないだろ?」
「うん」
 上着の裾から手を滑り込ませて、脇腹から臍を辿り胸元を撫でる。ぞくぞくする。
「声……出ちゃう……、ん」
「じゃ、ずっとキスしててやるよ」
「ん」
 ザックスはクラウドに覆い被さるようにして唇を塞ぐ。慣れた手つきで胸の先を爪で弾く。太股はぐりぐりと下腹部を刺激してくる。弱い箇所を同時に責め立てられ、自制が効かなくなる。縋るように回した手に力を込める。乳首を捏ね上げる度にビクンと腰が浮く。
「……っ、ん……っ……、ふ……」
 がっつくような激しく、そして優しいキス。僅かな理性が押し流される。
 このまま、溺れてしまいたい。
 だけど、ザックスの掌が下腹部に及ぼうと動いた時、クラウドは引き剥がすように背中を掴んだ。
「っめ……だめ、ザックス……っ、ザックス……!」
「ん?」
「ここじゃ……その、シャワーとかないし……明日、ミッションだし……」
「……うーん、そうなんだよな」
 衛生的にも体力的にも状況的にも、この展開はまず過ぎる。
「俺は、……したいけど」
 クラウドは俯いたままそう呟いた。したい、けど。
 その言葉だけでも充分だと、ザックスはクラウドの額にキスを落とす。くすぐったくて、嬉しかった。
「おあずけ……か。仕方ないか」
「うん」
「うーん……あのさ、……触るだけ、触っていい?」
 ドコとは云わず、小さく脈打つ下半身に手を置く。クラウドは驚いてザックスを見返すが、その手を拒めなかった。代わりに、クラウドもザックスに手をやる。布越しに伝わる熱と大きさが、余裕のなさを物語る。
「ふ……んぅ、ん……っ」
「クラウド、っ……」
 途切れる息の合間に口付ける。撫でさする手が次第に熱がこもる。気持ちよくなりたい。気持ちよくしてあげたい。
 ザックスがクラウドの下着を半ば強引に下ろす。はしたなく涎を垂らし上を向く自身を握り込まれて、クラウドは小さく呻いた。クラウドも手を伸ばし、ザックスのズボンを下げ中から取り出した。固くそそり立つそれを収まらない左手で握り、上下に動かす。
 目の前に相手がいるのに、出来ない。ただもどかしくキスを繰り返し、互いのモノを刺激し合う。焦らされる。声すら出せないこの状況で、がらにもなく興奮していた。
 クラウドは時折涙まじりの目でザックスを見つめる。根元から扱き上げて、剥き出しの粘膜を親指で擦る。ぬるりとした感触。膨らんだ亀頭がぱっくりと口を開け、歓喜に先走りを垂らす。
「……っ、ザッ、クス……っ、……っ」
「……ん、ハ、……っ」
 ぴったりと腰を合わせ、何も考えずに手を動かす。もう、お互いしか見えない。
 繋がりたい。
 一瞬でもいい。
 身体が駄目なら、心だけでもいいから。
「……、っメ……ダメ、ザック……スっ」
「イイ……っ、俺も……っ」 
 ──上り詰めるのは一緒に。
 身震いひとつすると、どちらともなく精を放つ。互いの手と握ったソレを汚して、一息つく。荒い息を繰り返すと、ザックスがさらりと前髪を掬って微笑みかける。
「平気、か?」
「……ん」
 その手を掴んで甲に口付ける。
「やっと……笑ったな」
 云われて、クラウドは気付く。緩んだ頬を撫でるザックスの大きな手。
 この手があるから、頑張れる。
 もう決して弱くなって泣いたりしないように。笑っていられるように。
「……さて、明日は早いぞ。もう寝ようぜ」
 ザックスは淡々と後始末をして、毛布を被せる。背中を向けて横になるその姿は、照れたようにも思える。クラウドはその背中にそっと、呟いてみせる。
「……ありがとう」
 口ごもるその声はザックスに届いただろうか? 届かないはずがない。しがみたくなる衝動を両腕を抱いて抑えながら、クラウドは瞳を閉じた。
 明日は絶対負けはしない。ザックスがいる。傍にいる。勇気が力になる。
 だから、今は一緒に眠ろう。
 ありがとう。頑張るよ。それは誓いの言葉。強く刻まれて残る。夕闇が落ちて世界から光が失せても輝き続ける。そう、信じて──




   END
UP:2008-07-13