【37℃】
お前といると、微熱に酔う。
それが心地良いなんて、死んでも云えない。
「コラ! 何をボーっとしている!」
冷たい怒号を浴びてハッと我に返る。目の前には上官の厳しい表情。クラウドは顔を上げて反射的にに謝っていた。
ミッションの最中。ほんの一瞬意識を飛ばしたようだ。この緊張した場面で、ありえない事だが。
昨夜から身体が気怠くて、重い。クラウドは眩暈を振り払う。戦地に駆り出されては文句も云える立場ではない。少しの気の緩みが大事に至ると、解ってはいるけれど。
「隊長! 派遣されたソルジャーが到着しました」
「わかった。案内してやれ」
一台のヘリが現場から離れた空き地に降り立った。周囲がにわかに騒がしくなり、クラウドは武器を抱えたまま指示に従い駆け出す。
反乱軍の制圧。大した任務でもないのにソルジャーまで投入されるという事は、軍からすれば面白くない話だ。
しかし、クラウドにとってはそんな裏の事情なんて関係ない。知る必要がない。
今、クラウドが気に掛かっている事があるとすれば。
「作戦本部はこっちか?」
割って入るように背後から聴こえたのは、その場の張り詰めた空気をがらりと変える能天気な声だった。クラウドには馴染みのある、その声の主はただ一人。
「ソルジャークラス・1st『ザックス』!」
「随分てこずっているみたいだな。まぁ、俺が来たからには何とかなるだろ」
クラウドは顔を合わさないようにこそこそと身を隠す。……昨夜届いたメールで今回の作戦に参加すると聞いた時から、クラウドは気が逸って仕方がなかった。
だけど、自分がここにいる事を知られたくない。メールの返信も保留のままだ。
逢いたくない。
くるりと背を向けて歩き出した刹那、足がもつれ地面に転がった。
「オイ、大丈夫か!?」
仲間が助け起こす。転んだ時にヘルメットも一緒に外れたようだ。あわてて身体を起こすが、出来なかった。
力が入らない。
「……クラウドッ!?」
見つかった。まず先にしたのは顔を隠す事だった。だけどその手を払い除けてザックスは、倒れた半身を抱き起こす。
「……ザックス」
物凄く不機嫌そうに会釈する。不覚だ。クラウドは眉を顰める。
「お前……凄い熱だぞ。どうしたんだよ一体」
しっとりと汗ばむ額に手を置いて、ザックスが驚きの声を上げる。
「……平気だ」
「そんな訳ないだろ。こんな身体で任務こなすつもりだったのかよ!」
辺りがざわつく。止めてくれ。衆人環視の中で、注目されるのは好きじゃない。クラウドはザックスの手を払い除けて、無理矢理に立ち上がった。
「大した事ない。任務が終わってからでもいくらでも休める」
「嘘吐け。今、現にふらついて俺の目の前でぶっ倒れたじゃないか。そんな奴を戦場に連れて行けるか」
「これぐらい何ともない!」
反発するクラウドを片手で制す。クラウドの頭を抱えて、ザックスはずるずると引き摺ってその場を退く。逃げられず、暴れもせずそのまま軍の設営したテントに放り込まれる。睨むクラウドを一瞥して、ザックスは外にいる誰かに指示を出す。
「一日で体調を戻せ。そうじゃなかったら帰れ」
「……!」
否応もなく。クラウドはうな垂れる。
……熱なんて、他の誰も気付かなかったのに。
見透かされてる。
なんで、そんなに俺の事だけ解るんだろう。
そんな風に自惚れたくないのに。
「……お前のせい、だからな」
口をついた言葉は取り消せない。ザックスが反応する。
「何それ。……俺、なんかしたっけ」
クラウドが震える。
「……ずっと、消えないんだ」
「何が」
「ザックスの事、ずっと頭から離れなくて……任務があるのに、お前の事だけしか考えられなくて」
「……それって」
考えて考えて、微熱が治まらない。
来ると聞いただけで血圧が上がるような感情を、ザックスは知らない。
「だから嫌だったんだ! こんなの……みっともないし、格好悪いじゃないか……!」
こんな弱い姿を晒すなんて耐えられなかった。
だからせめて任務が終わるまでは、我慢しようと思っていたのに。
思っていたのに。
「……すっごい殺し文句」
「俺は……!」
「嘘。嬉しい」
誰も見ていない事を確認して。ザックスはそっとクラウドを抱き留める。胸元にしがみついて、クラウドは大声を出しすぎた所為で上がった体温を抑える。
「……昨日メール来なくて、心配したんだぞ」
「……ごめん」
逢いたくない、なんて欠片も思っていない事を思い知らされる。
自分の発熱より暖かいこの温もりに抱かれて、クラウドは幸福に酔いしれる。
「……って、クラウド!」
力を失って、ザックスに覆いかぶさる。二人して地面に倒れ込んで、ザックスは受け止めるだけで精一杯だった。クラウドの体力も気力もここで尽きたようだ。
「こんなになるまで俺の事考えてくれたんだな」
「……うるさいっ」
足元に敷かれた布団を捲り上げて、クラウドを横たわらせる。
「ここがテントじゃなかったら、襲ってるところだぞ」
「なっ……!」
「ホラ、あんまり激昂しない激昂しない。熱が上がるだろ?」
毛布に顔を半分埋めて、ザックスを上目遣いに見る。冗談に聴こえないから、本気なのだろう。
熱なんて、ザックスがいる限り上昇し続けるのに。
それが心地いいなんて思えてしまうのは、その屈託のない笑みのせいか。
「よーし、正直やる気なかったけど、作戦がんばろう!」
「え?」
「そしたら、クラウドともっといられるだろ?」
赤みの増した頬を撫でると、ザックスはそっと口付ける。何をされたか解らずに、クラウドはバッと身を引いた。
「ザックス!」
「……俺だって、クラウドの事しか考えてないよ」
低く小さく呟く。照れを隠すように立ち上がって、薬と氷を運んできた兵士達に挨拶する。
「ザックス」
「ん?」
「……ありがとう」
霧が晴れるように、心のもやもやがすっと消えていく瞬間だった。八つ当たりをした事が馬鹿みたいだ。ザックスは片手を上げて外に出る。不器用だけど、嘘はつかないと知っているから。
救護班の手厚い看護を受けながら、それでもこの熱だけは絶やさないようにと祈る。
お前がくれる熱さだから。
心に秘めて、忘れないで、ずっと。
END
UP:2007-11-26